同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法14条(法の下の平等)に反するとした事件(2021年7月21日)
同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法14条(法の下の平等)に反するとした事件
(令和3年3月17日札幌地裁判決)
弁護士 苗村博子
1.本判決はLGBT問題の辞書
企業法務に関わる方なら,この判決は是非本文をお読みになってください。私自身は同性婚に対して,ニュートラルな考えを持っていますが,本判決には,結婚が何を目的とするものか,異性愛,同性愛がどのようなものか,明治以前から現在に至るまで,日本及び世界の潮流を含めて紹介され,なぜ,今企業として,いわゆるLGBTへの差別を無くすことに尽力しなければならないのか,表紙エッセイとは逆に,LGBT法が提出されなかったことのどこに問題があるかがよくわかります。この項では,法律論より,判決が紹介する同性婚とはなんなのかについて主に述べて行きます。
2 本判決の事実関係,論点の概要
原告の3組のカップルはいずれも同性の方で,婚姻届を出したものの,同性者の婚姻届は認められないとして不受理とされたことに対し,同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法13条(幸福追求権),14 条,そして24条(両性に合意に基づく婚姻)に反して違憲であるのに,必要な立法措置が講じられず,違法だとして国家賠償を求めました。判決は,憲法13 条,24 条の違反は認めず,14 条違反を明確に認めたうえで,民法や戸籍法が改正されていないことについて,立法者の裁量権を逸脱しているとも判断しましたが,それによって賠償義務があるとまでは認めず,原告らの請求自体は棄却しました。
3 同性愛,異性愛とは
判決は,性的指向を人が情緒的,感情的,性的な意味で,人に対して魅力を感じることであり,このような恋愛,性愛の対象が異性に向くと異性愛者,同性に向くと同性愛者だとしています。判決は,日本において,同性愛者を含むいわゆるLGBTに該当する人が,人口の7.6%、5.9%,8%とする調査などがあるとしています。判決によれば,明治期においては,同性愛は色情感覚異常又は先天性の疾病であると考えられており,戦後初期においても変わらなかったとしています。外国や国際機関でも同様で,WHOでは1992年に国際疾病分類を変えるまでは,性的偏倚と性的障害の項目に位置づけられていました。米国では,遅くとも1987年には,米国精神医学界が同性愛を精神疾患とはしなくなりました。日本でも,昭和56年頃には,同性愛は,当事者が普通に社会生活を送っている限り,精神医学的に問題とすべきものではないとされ,その後精神医学上,精神疾患とはみなされなくなりました。
4 婚姻とは
判決は,明治民法以前から,婚姻は人生における重要な出来事の一つとされ,一定の慣習も存在したなか,家族主義の観念から,家長を戸主とし,終生の共同生活を目的とする,男女の道徳上及び風俗上の要求に合致した結合関係だとして,異性婚が前提とされたとしています。一方婚姻の目的については,男女が種族を永続させるとともに,人生の苦難を共有して共同生活を送ることと解すべきとの意見があったものの,そう解すると老齢等の理由により子をつくることのできない夫婦がいることを説明できないなどとして,結局婚姻は,必ずしも子を得ることを目的とするものではないとの見解が確立されたと紹介しています。
昭和22年の民法改正は現憲法下で行われましたが,家制度などからの解放,婚姻の自主性の宣言,個人を自己目的とする個人主義的家族観に基づいた家族基盤の法律的規制に改めることに重きが置かれ,憲法に抵触しない部分については明治民法が踏襲されたとして,改正当時も異性婚のみが観念されたとしています。
5 同性婚に対する諸外国,我が国での状況
1989年にデンマークで,同性の二者間の関係を公証し,一定の地位を付与する登録制度が導入され,2001年にドイツ,フィンランドに2010年にアイルランドでも導入され,また2000年にはオランダで同性婚が認められ,その後2017年までにこの制度導入した国として判決は22カ国を列挙しています。また2015年米国連邦最高裁が,同性婚を認めない州法の規定は,デュープロセス及び平等保護を規定する合衆国憲法修正14条に違反するとの判決を下したことも上げています。日本においても,2015年渋谷区が登録パートナー制度を導入したのを初めとして,現在では60の地方公共団体がこれを導入し,かような地方公共団体に住む住民は3700万人を超えたとしています。更に,LGBTに対する権利の尊重や差別の禁止などの基本方針を定めた企業数は,2016年では173社だったのが2019年には364社になったとしています。
6 結婚,婚姻に対する意識
厚労省による2009年の調査では,結婚してもしなくてもよいとの考え方に賛成,どちらかと言えば賛成とするものが70%であるものの,翌年20~49才に対しての調査では,結婚すべき,した方がいいとの回答を合わせると64.5%に昇り,米国(53.4%),フランス(33.6%)などを上回っています。
同性婚に対しても2015年の研究グループの調査では,男性の44.8%,女性の56.7%が同性婚に賛成又はやや賛成とし,男性の50%,女性の33.8%が反対かやや反対と回答したことや他の意識調査も判決は紹介しています。
7 憲法13条,24条と民法,戸籍法
判決は,以上の事実等を詳細に分析した上で法律の民法739条1項は,婚姻は戸籍法の定めに従った届け出で効力を生ずるとし,戸籍法74条1号は,夫婦が証する氏を届け出るなど両方ともに異性婚を前提としているとし,両法の関連規定全般の合憲性を問題としています。その上で,憲法24条は,昭和20年当時の同性愛に対する認識を前提としており,同条が同性婚を禁じていないことを以て,同性婚を認めていると解することはできないこと,同条2項が,婚姻に関する制度構築について,第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねていること等を挙げて,これらの条項を踏まえると,人権の包括規定ともいえる憲法13条の規定だけを以て同性婚とその家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのは困難だとしました。
8 憲法14条との関係
一方で判決は,憲法14条は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱は許されないとの規定であり,異性愛カップルにある婚姻の選択権が,同性愛カップルにはないことが合理的な区別といえるかを検討する必要があるとしました。同性愛が,精神疾患ではないとの知見が確立し,その性的指向は自らの意思で選択出来ない性質のもので,性別や人種などと同様のものであるとした上で,日本では,法律婚を尊重する意識が幅広く浸透し,年金や児童扶養手当など法律婚を元にした諸制度があることなどを挙げて,婚姻制度が維持されており,その法的効果を享受する利益は同性愛者にも変わらないとしました。また,子を産み育てていることは,個人の自己決定に委ねられ,子を産まないという夫婦の選択も尊重すべき事柄であること,明治民法以来,婚姻制度の主たる目的は子を産むことではなく,夫婦の共同生活の保護であり,民法,戸籍法の各規定が,同性愛者が異性愛者と同様に婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合にこれに対する法的保護を否定する趣旨,目的まで有すると解するのは相当でないとしました。婚姻制度が社会通念によって定義されることから,同性婚に対し,否定的な意見や価値観を持つ人がいることも考慮されるものだとしながら,人口の9割以上を占める異性愛者の理解や許容がなければ,同性愛者のカップルの婚姻による法的効果を享受できないとするのは,自らの意思で選択したわけでない同性愛者の保護に欠けるなどとして,民法,戸籍法が同性愛者の婚姻に関する法的効果の享受を一切提供していないことは,立法府の広範な裁量権を持ってしても合理的根拠に欠ける差別的取扱として憲法14条に違反するとしました。
9.最後に
法的な理屈付けについては法律家から,同性婚を容認すべきとの考えについてはその反対論者から様々な意見があると思います。しかし,大多数の者の立場からのみ物事を判断するのではなく,人々の考え方の変化,科学的知見なども参考にしながら,少数者の権利について明確な判断を示したこの判決は,民主主義が単なる多数決に終わってはならないことを私たちに示してくれているように思います。