SMSの開示を認めた発信者情報開示に関する裁判例について(2020年3月25日)
SMSの開示を認めた発信者情報開示に関する裁判例について
弁護士 倉本武任
1.はじめに
インターネット上の掲示板、個人のブログ、SNS等において名誉を毀損する記事やプライバシー、自身の著作権が侵害されるなど、ネット上の情報の流通による権利侵害は身近に起こりうる問題です。法的な対応のためには、被害者は、まず、相手方の氏名、住所等を取得する必要があります。しかし、通信の保障(憲法21条2項)との関係で、発信者情報の開示に応じたプロバイダが、通信秘密の侵害を理由とする法的責任を追求されるおそれがあるため、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた制度が発信者情報開示請求権です。以下では、実際に発信者情報の開示を請求するための手順を説明した後、SMSのアドレスの開示を認めた近時の裁判例(東京地方裁判所令和元年12月11日判決:判例未掲載)について検討します。
2.発信者情報開示の手順
(1)コンテンツプロバイダ[2]に対する請求(下記図の情報開示請求①)
例えば名誉を毀損する記事について、投稿されたウェブサイト上の記載から管理運営主体が分からない場合が多く、被害者はインターネット上で利用できる「Whois」サービスを利用して、ドメイン名[3]の登録者を検索することになります。ウェブサイトを管理運営している者を特定し、その者を債務者として発信者情報の開示又は投稿記事削除の仮処分を申立て、アクセスログ(IPアドレス[4]、タイムスタンプ[5])の開示を受けることになります(任意に開示に応じてもらえない場合の対応となります)。
(2)経由プロバイダ[6]に対する請求(下記図の情報開示請求②)
被害者が、コンテンツプロバイダから開示されたアクセスログを元に、「Whois」サービスを使用して、発信者が利用している経由プロバイダを割り出し、その者を債務者として、当該タイムスタンプの日時に当該IPアドレスを付与した発信者の開示を求めることで、当該発信者の氏名、住所が判明することになります。第2段階では、発信者の氏名、住所の開示につながることから、開示の要件を満たすかについて審理を尽くす必要性は高く、仮の判断を求める仮処分手続ではなく、通常の訴訟手続による対応が求められます。なお、経由プロバイダが発信者情報を削除してしまわないよう、必要があれば、前に発信者情報保存の仮処分を検討する必要があります。
【図】
(3)携帯電話からの投稿の場合
携帯電話からの投稿の場合、発信者が契約する携帯電話事業者のプロキシサーバ[7]を通じてコンテンツプロバイダのサーバ上に、携帯電話事業者のプロキシサーバのIPアドレス、送信元ポート番号[8]、タイムスタンプ、接続先のURL情報に加えて、発信者が通知を設定している場合には個体識別番号が記録されます。したがって、携帯電話端末の書き込みにより権利侵害を受けた者は、①コンテンツプロバイダに対し、書き込んだ者の氏名、住所、タイムスタンプ、接続先のURL、プロキシサーバのIPアドレスの開示請求をする、②①によっても書き込んだ者の氏名、住所が判明しなければ、開示を受けたプロキシサーバのIPアドレスから判明した携帯電話会社(上記図でいう経由プロバイダの立場となります。)に対し、携帯電話端末の所有者の氏名、住所の開示を求めることになります。
3.事案の概要について
東京地方裁判所は令和元年12月11日、SMSで使われる電話番号はメールアドレスに該当するとして、その開示を認める判決を下しました。報道によれば、都内の不動産事業者(原告)が、不動産情報を扱うネット掲示板にトップ2人に対する身体的な中傷に当たる書き込みがなされたとして携帯電話事業者であるソフトバンク株式会社(被告)に発信者情報の開示を求めた事案です。書き込みは携帯電話の番号をアドレスとして使ってやり取りをするSMSを利用して行われたため、原告は、SMSのアドレスとして携帯番号の開示を求めましたが、ソフトバンク側はSMSのアドレスに用いる携帯番号は開示請求の対象に該当しないとしてこの点を争っていました。
同事案の特色は、プロバイダ責任制限法では、携帯電話番号は開示対象となっていないところ、裁判所が携帯電話番号を推測できるSMSのアドレスの開示を認めたという点です。
4.判決に対する検討
判決の詳細は現時点では明らかではないため、ここではSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当するとの裁判所の判断について検討します。
(1)SMSとは
「SMS」とは、Short Message Serviceの略で、携帯電話同士で電話番号を宛先にしてメッセージをやり取りするサービスです。電子メールがデータを複数に分割して送受信するパケットネットワーク上の通信であるのに対し、SMSは電話による通信同様、通信中は回線を占有することになる回線交換ネットワーク上での通信となります。
(2)携帯電話番号の扱い
発信者情報の開示請求によって開示される情報については、①氏名、②住所、③電子メールアドレス、④IPアドレス、IPアドレスと組み合わされたポート番号、⑤携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別番号、⑥SIMカード識別番号、⑦発信時間とされ(プロバイダ責任制限法4条1項、平成14年総務省令57号)、携帯電話の番号は、開示対象からは外されています。携帯電話番号は、まさに個人に割り当てられるもので非常にプライバシー性の高い情報ですので、発信者情報開示請求が、プライバシー保護と被害者の権利行使との調整の観点から開示対象を限定する趣旨だとすると、その他の情報の開示を認めれば、被害者の権利行使の保護は十分であるとの判断もあるように思われます。
(3)SMSのアドレスが開示対象情報に該当するか
SMSのアドレスは、携帯電話番号とまったく同じ数字列であるため、SMSのアドレスの開示を認めることは携帯電話番号の開示を認めることに繋がります。
しかし、法文上「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」第2条1号、同法第2条第1号の通信方式を定める省令では、電子メールには、「携帯して使用する通信端末機器に、電話番号を送受信のために用いて通信文その他の情報を伝達する通信方式」が含まれていることからすれば、条文の解釈としてもSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当すると解釈することも開示の結果、携帯電話番号が明らかになるのだとしても、開示の必要性を優先するという利益考量もあるように思われます。
5.本判決による影響
上記のとおり、発信者を特定するのは容易ではありません。
上記判決の詳細は不明ながら、被害者である原告は携帯電話事業者であるソフトバンクに対して、発信者の住所や氏名といった情報の開示も求めて提訴していると考えられます。そのうえで裁判所が住所や氏名といった情報に加えてSMSのアドレスの開示を認めたのは、原告が後に特定した発信者に対して損害賠償請求を求めるにあたっての交渉の連絡手段としての有用性を認める趣旨だとする報道もあり、上記判決によりSMSのアドレスの開示が認められたことで、被害者の権利行使の手段が拡がったと考えられます。ただしインターネット等を通じた権利侵害は一様ではなく、フリーメールアドレスを利用し匿名で直接誹謗中傷メールを送る等、発信者情報開示請求では対応できない(電子メールはプロバイダ責任制限法にいう「特定電気通信」に該当しないため)ケースもあり、表現の自由との考量という観点を忘れてはいけないものの、今後も被害者の権利行使確保につながる解釈や法改正が求められていると感じます。
以上
[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと
[3] インターネット上に存在するシステムに割り当てられる名前のこと
[4] 数字の羅列で表現される発信元のパソコンを特定・識別するためのインターネット上の住所
[5] 個々のファイルに属性として備わる作成日時や更新日時などの情報のこと
[6] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと
[7] 内部のネットワークとインターネットの境界で動作し、両者間のアクセスを代理して行うもの。
[8] 送信側の各コンピュータにランダムに割り当てられるポート番号(アプリケーションを識別するための番号)