旧724条の後段は、除斥期間か消滅時効か?(2024年9月9日)
旧724条の後段は、除斥期間か消滅時効か?―旧優生保護法に基づく、不当な手術に対する損害賠償請求権を認めた最高裁判例(令和6年7月3日大法廷判決)を受けて(2024年9月9日)
弁護士 苗村博子
1 はじめに
この判決は、旧優生保護法の下、不妊手術を強制された被害者が、平成30年に国家賠償請求を起こした訴訟において、この請求を認めた大阪高裁を支持し、被害者の請求を認めたという点で、画期的なものとして、大きなニュースになりました。旧民法724条後段に関する平成元年12月21日の最高裁判決を覆して、大法廷判決を以て判決を下した点もまた大きな意味を持っています。本判決は、旧724条の後段を除斥期間とは解したものの、平成元年判決が、除斥期間の経過による請求権の消滅を当然のものとしたのとは異なり、裁判では、これを求める当事者が主張する必要性を述べ、かつ本件のような酷い人権侵害にかかわる不法行為については、上告人である国が除斥期間経過を主張していても、これを理由に賠償義務を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、信義則違反、権利濫用だとして到底容認できないとしたのです。本判決は、平成8年同法が、母体保護法に名称を変え、かような手術に関する規定が削除された以後も、国は、かような手術は合法だとしていたこと等も考慮にいれ、上記平成元年判決の法理を維持することはできないとしたのです。この判決には、補足意見が付されており、旧民法724条を除斥期間として定めたものとしたうえでの意見と、現行の民法と同じく消滅時効の規定とみるべきとする意見も述べられています。
このような被害にあわれた方の無念を晴らした本判決を勝ち取った被害者、代理人の功績は、素晴らしいものですが、ここでは、旧民法724条が、除斥期間を定めたものなのか、消滅時効を定めたものなのか、本判決の判断の射程範囲について考えていきたいと思います。
2 旧民法724条の規定と現行法の条文の違い
2020年4月1日施行の民法724条は、
「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、2 不法行為の時から20年間行使しないとき。」としていて、2号も1号と同様消滅時効の規定であることを明確にしています。それまでの724条は、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」としていて、後段には時効という言葉が使われていません。この「同様とする」というのが、「時効によって消滅する」と同様という意味なのか、「消滅する」にだけかかるのかで、この後段が消滅時効の定めなのか、除斥期間すなわち、基本的には請求権そのものが消滅してしまうのかが大きな違いとなってきます。
3 除斥期間とは?
前項で「基本的には」と付したのは、本判決が引用する平成元年判決が、20年間の期間経過とともに「当然に」請求権がなくなり、裁判上も特に、消滅時効のような援用といった主張を不要だとしていたからです。同判決は、第2次世界大戦中の米軍の落とした不発弾の処理中、巡査の指示のミスで、消防団員の方が、ひどい後遺症を残す重傷を負ったという痛ましいものでしたが、平成元年の最高裁判決は、旧724条後段が除斥期間であるとし、当事者がこれを主張するまでもなく、請求権が消滅したとして、被害者の請求を棄却しました。本判決は、平成元年の判決同様、旧724条後段を除斥期間であるとしながらも、裁判では、除斥期間の経過の効果を受けようとする当事者は、除斥期間を経過していることを主張しなければならないとし、またこのような除斥期間の主張についても、その主張が正義・公平の理念に著しく反する場合には、除斥期間の主張を認めないこともありうるとした点で、平成元年判決とは、大きく異なる解釈をしています。
ただこの判決にもわかりにくさはあります。除斥期間という制度が定められたのは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図したものと解し、期間の経過とともに、証拠の散逸等によって、当該行為の内容や違法性の有無などについての加害者側の立証活動が困難になることを避けようというのが趣旨だとしつつ、本件は、優生保護法という立法行為そのものが被害者の権利侵害をもたらしたとして、かような立証活動の困難性がない事案だとしました。また上述の平成元年判決の法理の解釈をしている箇所では、旧民法724条の法意に照らせば、この後段は除斥期間であって、損害賠償請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当だとして、同判決を是認しているかのようです。但し、これが裁判で争われたときに、裁判所が当事者の除斥期間の主張を待たずに、当然に消滅しているとの判断をしていいとは言わず、除斥期間経過の裁判上の主張は必要であるとし、事案によっては、本件のようにその主張自体が権利濫用となることをも認めたのです。実体法上の権利が消滅しているのに、裁判上は違うというのは、私には、論理的に矛盾があるように思えます。
4 旧724条後段に対する最高裁の真意は?
この判決の宇賀裁判官の補足意見は、これを除斥期間ととらえず、現行の724条と同様消滅時効と考えるべきとするものでした。同意見が、参考として言及している田原睦夫裁判官が消滅時効説をとった意見を述べられた平成21年4月28日最高裁第3小法廷事件は、旧724条後段を除斥期間であるとしながら、相続財産の消滅時効は相続人が確定してから6か月は時効が停止しているとする民法160条の「法意」を汲んで、除斥期間が満了していないとした点からも、実は最高裁も、除斥期間説ではなく、消滅時効説を取っているのではないかとも考えられます。この事件も殺人事件の犯人が加害者で、26年後に自首して、被害者(被相続人)の方の死亡が判明したとの悲惨な事件でした。また、詳しく紹介できませんが、この補足意見は、平成21年判決の元ともなったとして平成10年6月12日第二小法廷判決の河合伸一裁判官の民法724条後段の消滅時効説の判決を挙げていますが、これもワクチン接種によって心身に重度の障害を得た被害者の訴訟に関するものでした。
5 旧民法724条が法改正後も問題となるのは?
現行の民法724条が施行されたのは2020年4月です。したがって今から16年前より前に起こった不法行為については、旧724条が適用されるのです。近年何十年も前から、検査偽装が行われていたとの事実が、様々な業界で発覚しています。中には、事故が起こっていたが、その原因がわからなかった、検査偽装で問題点が新たになったなどの問題が生じないとは限りません。そのような事故について、損害賠償が求められた場合、本判決と同じく除斥期間説を取り、本件とは違って、16年、20年以上も前のことだから、ことがらがあやふやになっていると言ってすまされるのかは、その被害の深刻さによっては、わかりません。本判決が、旧民法724条を除斥期間としたことにより、時効消滅を主張する側の援用が要件となっている消滅時効に比べれば、その除斥期間満了の主張を排斥するための信義則や権利濫用の主張は、より難しい、言い方を変えれば、本件のような、また紹介した判決のような深刻な事案に限られることにはなるでしょう。しかし、何を以て深刻と考えるのかは、人権意識が高まりに伴って、その時々の世論によっても変わるでしょう。そういった観点から本判決は法解釈上も大きな意味を持つものとなったと考えています。