名古屋自動車学校事件最高裁判決(2023年10月27日)
名古屋自動車学校事件最高裁判決
弁護士 倉本武任
1.はじめに
定年退職後の再雇用者と正職員の待遇差が旧労働契約法 20 条[1] に違反するかは、長澤運輸最高裁判決(最高裁平成 30 年 6月 1 日判決)が、定年後再雇用における旧労働契約法 20 条の解釈・適用判断を示し、再雇用であることは同条の「その他の事情」として考慮すると判断しました。その後、本稿で取り上げる最高裁判決の第一審となる名古屋地裁令和 2 年 10 月 28 日判決(以下「一審判決」といいます)は、定年後再雇用職員(有期雇用)の基本給について、基本給は正職員定年退職時の基本給 60%を下回る限度で不合理と認められると判断し、控訴審である名古屋高裁令和4 年 3 月 25 日判決(以下「原審判決」といいます)も一審判決の内容を維持したため、最高裁の判断が注目を集めていました。しかし、令和 5 年 7 月 20 日最高裁第一小法廷判決(以下「本判決」といいます)は正職員と定年後再雇用職員(有期雇用)との間の基本給、賞与に関する損害賠償請求の上告人(第一審の被告)敗訴部分を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻すとの判決を下しました。本稿では同判決について詳細を検討します。
2.事案の概要及び争点について
自動車学校の経営等を行う被告にて、正職員として勤務していた原告らが、定年退職後、有期の嘱託職員として再雇用され、定年前と同様の業務を行っていましたが、定年前と比較して原告らの基本給、皆精勤手当、敢闘賞、賞与(有期嘱託職員については嘱託職員一時金との名目)が減額して支給され、家族手当は支給されていなかったため、これらの労働条件の相違が旧労働契約法 20 条に違反するとして、原告らが被告に対して差額賃金、損害賠償等を請求した事案です。本判決の中心的な争点は、基本給、皆精勤手当、敢闘賞、賞与(嘱託職員一時金)といった労働条件の相違が旧労働契約法 20 条に違反するかであり、以下では特に基本給の相違について検討します。
3.原審判決(一審判決)と本判決の判断の差異
原審判決(一審判決)は、一部の正職員
の基本給の金額の推移から正職員の基本給が、その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有すると判断したうえ、嘱託職員の賃金総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の 60% をやや上回るか、それ以下にとどまる点について、同年代の賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であり、労働者の生活保障という観点からも看過し難い水準に達していると指摘しています。そして、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の 60% を下回る限度で不合理と認められると判断しました。
原審判決(一審判決)に対して本判決は、正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質や職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するとみる余地があるとし、他方で、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、勤続年数に応じて増額されることもなく、嘱託職員の基本給は正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有すると述べています。さらに本判決は、原審判決が、正職員の基本給について、年功的性格を有すると述べるにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していないこと、賃金決定に至る労使交渉の具体的な経緯を労働契約法 20 条にいう「その他の準備」として勘案していないことを指摘しています。
4.基本給の待遇差が違法となるのはどのような場合か
本判決は、原審判決が、基本給の性質、目的、及び労使交渉の具体的な経緯を考慮していないことを理由に原審へ差し戻しているため、今後、差し戻された名古屋高等裁判所の判断を待つ必要がありますが、以下では基本給の待遇差が違法となるのはどのような場合かについて検討したいと思います。
(1)基本給の性質及び目的
基本給は、年齢に応じて決定される年齢給、勤続年数に応じて決定される勤続給、職務遂行能力の習熟度に応じて決定される職能給、担当する職務の内容に応じて決定される職務給、役割の大きさに応じて決定される役割給など様々な性質を持つ場合があります。この点は、本判決においても、その性質や支給目的を検討する必要があることが指摘されています。
(2)不合理と評価される場合とは
正社員(無期雇用)と有期雇用労働者間で賃金制度がそもそも異なる場合であっても、正社員(無期雇用)の基本給の制度設計や有期雇用労働者の就労実態によっては、正社員(無期雇用)の基本給の性質・目的が有期雇用労働者にも該当する場合はあると考えられます[2]。正社員(無期雇用) の基本給には、本判決も指摘するように、年齢給だけでなく、勤続給・職能給・職務給等の性質が組み合わされている場合もあり、かかる場合に有期雇用労働者も正社員(無期雇用)と同じ職務に従事し、長期間勤続している実態が認められるにもかかわらず、職務給や勤続給の性質を考慮しない賃金制度が有期雇用労働者に適用されているとすれば、その相違は不合理と評価される可能性があります。
また、原審判決(一審判決)は、旧労働契約法 20 条の「その他の事情」として、長澤運輸最高裁判決を引用したうえで、定年後再雇用されたものであることは「その他の事情」として考慮すると判断していますが、この点は、正社員と比べて、キャリアや生活保障の必要性などが異なるとして、正社員と定年後再雇用された者の待遇の差異の不合理性を否定する方向に働くと考えられます。もっとも、それだけで不合理性が完全に否定されるものではなく、他の事情等との総合考慮となり、基本給が定年後の賃金減額の許容範囲を超える減額があるような場合には、不合理性が認められると考えられます。この点、原審判決(一審判決)は嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の 60%を下回る限度で不合理と判断し、部分的に不合理性を認めていますが、数字の根拠は明確ではありません。現在、高年齢雇用継続給付金の支給要件は、定年前から賃金水準が 75%未満に低下したこと[3]とされており(雇用保険法 61 条1 項)、原審判決(一審判決)はかかる基準を考慮したようにも思われます。
定年後再雇用時の基本給はどこまでなら減額しても不合理でないのかという基準が気になるところですが、重要な点は制度設計にあたり、なぜその割合を減額するのかを説明できるようにしておくことであり、これまで特に理由もなく減額をしていたという場合には、制度設計の見直しが求められると思われます。
以上
[1] 法改正により旧労働契約法20条は削除され、現在は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条~10条において、正職員とパート・有期雇用職員との待遇差に関する規定が設けられています。
[2] 同一労働同一賃金ガイドライン(厚生労働省告示第430号7頁~8頁第3の1の注1)では賃金の決定基準・ルールの相違がある場合は、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足りないとされています。
[3] 高年齢雇用継続給付は、雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の一般被保険者が、原則として60歳以降の賃金が60歳時点に比べて、75%未満に低下した場合に支給され、支給額は、各月の賃金が60歳時点の賃金の61%以下に低下した場合は、各月の15%相当額、61%超75%未満に低下した場合は、その低下率に応じて、各月の賃金の15%相当未満の額とされています(但し、各月の賃金が一定額を超える場合は支給されません。)。