美術館及び庭園の増改築につき同一性保持権侵害の成否が争われた事例(2023年7月24日)
美術館及び庭園の増改築につき同一性保持権侵害の成否が争われた事例
~東京地裁令和4年11月25日決定~
弁護士 田中 敦
1 はじめに
令和 4 年 11 月 25 日、東京都町田市の国際版画美術館(「本件美術館」)及びこれに隣接する庭園(「本件庭園」)の増改築工事(「本件工事」)について、原設計者がその差止めを求めた事案で、東京地裁は、本件美術館が建築の著作物にあたると認めつつ、本件工事は著作権法上許容されるとして、差止請求の却下決定(「本決定」)を下しました。
本稿では、本決定にて、いかなる理由で建物の著作物としての保護が認められたかを解説した上、建物の著作物の改変による同一性保持権侵害の成否を検討します。
2 本決定の内容
(1)事案の概要
町田市が計画していた本件工事は、本件美術館や本件庭園の一部を生活道路とするもので、池の撤去やスロープの設置等、大規模な改修を含んでいました。これに対し、本件美術館及び本件庭園を設計した建築設計事務所の代表者であった債権者は、本件工事により、債権者が有する著作者人格権(同一性保持権)が侵害されると主張し、本件工事の差止めを求めました。
(2)争点
本件の争点は多岐にわたりますが、本稿では、本件美術館及び本件庭園の著作物性、及び、本件工事が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20 条2 項 2 号)として許容されるかの 2 つの争点を中心に解説します。
(3)裁判所の判断
ア 本件美術館及び本件庭園の著作物性
本決定は、まず、建築の著作物と認められ るには「、美術」の「範囲に属するもの」であり、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法 2 条 1 項 1 号)でなければならないとの一般論を述べました。また、美術の範囲に属するものといえるには、「建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できる」ことが必要であるとの判断基準を示しました。本決定は、本件美術館のうち、色合いの異なるレンガが積み上げられた外壁、西側に設置された池、エントランスホールの吹き抜け部分について、実用的な機能と分離され、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとして、美術の範囲に属することを認めました。また、これら表現は、選択の幅のある中から選ばれたものであり、思想又は感情の創作的表現にあたるとして、本件美術館は建築の著作物として保護されると判示しました。これに対し、本件庭園については、本件庭 園を構成するいずれの部分(レンガ造りの門柱、歩道や広場、床に貼られた濃淡の異なる2 色の茶色のタイル、御影石のベンチ、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材、モミジ園の遊歩道)も、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であり、美術の範囲に属さないと判断されました。そして、本決定は、本件庭園については、本件美術館と一体となった建築物ともいえないと述べ、建築の著作物として保護されないと判示しました。
イ 本件工事が著作権法20条2項2号の改変として許容されるか
本決定は、建築物が、元来、人間が住み又は使うという実用的な見地から造られたものであることから、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築については、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2項 2 号)にあたり、同一性保持権侵害の例外として許容され、他方で、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変には、同号は適用されないとの基準を示しました。
そして、本決定は、本件工事による本件美術館の変更について、町田市が保有する施設を有効利用する一環として計画されたものであることを詳細に述べた上、個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変ではなく、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」として許容されると判示して、本件工事の差止めを求めた申立てを却下しました。
本決定に対し、債権者は即時抗告をしましたが、知財高裁は、本決定と同様の理由により、令和5年 3 月 31 日付けで即時抗告を棄却し、その後、当該棄却決定が確定したことが、債務者であった町田市のプレスリリースによって公表されています[1]。
3 解説
(1)本件美術館及び本件庭園の著作物性
ア 過去の裁判例の判断基準
著作権法は、著作物の例示の一つとして、「建築の著作物」を挙げています(著作権法10 条 1 項 5 号)。
過去の裁判例では、建築の著作物として保護されるには、「建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性」が求められるとして、通常の著作物よりも高度な創作性を要するかのような判示をしたものがありました(大阪高裁平成 16 年 9 月29 日判決(グルニエ・ダイン事件))。しかし、一部類型の著作物につき高度な創作性を求める見解に対しては、条文上の根拠が不明である、創作性の程度の高低は裁判所の判断になじまない、といった批判がありました。
イ 本決定が示した判断基準
本決定は、グルニエ・ダイン事件とは異なり、特段の高度な創作性を要求せず、対象の建築物が、美術の範囲に属するもの(著作権法 2 条1 項1 号)か否かを問題としました。これは、実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えており、かつ、当該部分が創作性を有していれば、著作物としての保護を認めるものであり、近時の応用美術の著作物性の判断にあたり主流となりつつある考え方です(知財高裁令和 3 年 6 月 29 日判決(「グッドコア」事件)、知財高裁令和 3 年 12 月 8 日判決(タコのすべり台事件)、知財高裁平成 26 年 8 月28 日判決(ファッションショー事件)。
ウ 本件庭園についての本決定の判断
本決定は、本件庭園の著作物性を否定するにあたり、本件庭園を構成する部分は、いずれも実用的な機能から設けられており、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていないと判示しました。しかし、本件庭園の歩道の床に貼られた濃淡の異なる 2 色の茶色のタイル等は、本件美術館の外壁のレンガと同様に、来訪者の鑑賞の対象となり得る余地があるように思われます。また、本件庭園に設置された、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材については、本決定みずからも「装飾的な要素がありつつ」と認めているとおり、実用目的か装飾目的かを一概には判断できません。
このように考えると、「実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性」をどのように理解するかは、難しい問題であり、さらなる検討課題となり得るところです。
(2)著作権法20条2項2号の改変として許容されるか
本決定は、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2 項 2 号)とは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築を意味し、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は除かれるとして、過去の裁判例(東京地裁平成 15 年 6 月11 日決定(ノグチ・ルーム事件) で示された考え方を踏襲しました。
そして、本件工事による本件美術館の変更は、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であり、著作権法 20 条 2 項 2 号の適用により許容されると判示しました。過去の複数の裁判例(大阪地裁平成 25 年 9 月 6 日決定(新梅田シティ庭園事件)、前記ノグチ・ルーム事件)では、建築の著作物の実用目的による増改築に対する同一性保持権の行使をいずれも認めておらず、本決定も、建築の著作物の実用目的での改変を広く許容する立場を取りました。
4 おわりに
建築の著作物については、条文上、著作権の行使が制限され(著作権法 46 条)、また、実用目的の増改築等に対する同一性保持権の行使も大きく制限されます。これらのことから、建築物の著作物性をやや緩やかに認めたとしても、権利行使の可否の判断において利害の調整を図ることができると考えます。本件では、本件庭園の著作物性を認めた上で、増改築の可否については著作権法20 条 2 項 2 号を適用することで、本決定と同じ結論を導くという判断もあり得たのではないかと思われるところです。
[1] 町田市広報課 令和5年4月13日付プレスリリース「国際版画美術館等に関する工事の差止を求める仮処分命令申立事件について」(https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koho/faxrelease/2023/202304.files/13.pdf)