外国公務員への贈賄等への取締り(2023年4月24日)
外国公務員への贈賄等への取締り
弁護士 苗村博子
2023 年 1 月に米国のバイデン大統領が「汚職は国家の安全にかかわる問題だ」として取り締まりを強化するとの声明を発表したことを受けて、日米英を中心にこの問題を取り上げさせていただきます。
1.外国公務員への贈賄を取り締まるわけ
まず、なぜ外国公務員への賄賂を送った側で取り締まらないといけないのでしょうか ? 賄賂が横行して最も困るのは、その公務員が働いている国の国民です。公務員の行動のゆがみは当然国民生活に跳ね返ってくるからです。したがって日本を含め多くの国々では公務員や、今回のオリンピック委員会の委員のようなみなし公務員の収賄、特に受託収賄を罪としています。
もう一つゆがむのが、同業者が贈賄して事業を獲得、継続することによるその産業の公正な競争です。これに対応するために一番最初にできた法律が、1977 年の Foreign Corrupt Practices Act( 米国の連邦法で FCPA と略されます)。日本でも総理大臣がピーナッツを 5 個もらったかどうかが大問題となりました。ロッキード社はダグラス、グラマンに対抗するため、日本だけでなく外国の要人にお金をばらまいたといわれています。当然ピーナッツなど隠語を使って裏金で資金調達しないといけませんから、ロッキードのような上場企業の会計帳簿があてにならないという事態も深刻に受け止められました。そこで、この FCPA については、刑事罰は司法省(DOJ)が、民事罰は(SEC)が管轄しています。当時花形だった航空機産業では米国が断然リードしていましたから、国内で公正な競争がなされればそれでよかったのですが、この法律の成立以降、まずはドイツ、そして日本と各国の様々な産業の競争力が増し、FCPA に縛られて、ピーナッツを差し出せない米国企業はストレスを募らせます。今でも前米大統領トランプ氏は、この法律を米国企業の国際競争力をそぐ悪法だと言っているとのことです。そこで米国は OECD を通じ、各国に同様の規定を作るようプレッシャーをかけます。
産業界からの反対も強く、なかなか法制化できず、日本は遅れているとしてOECD から目をつけられていましたが、2005 年他の改正時にするっと作られたのが外国公務員への贈賄罪です(不正競争防止法 18 条が罪の内容を 20 条、21 条が罰則を定めています)。日本は執行の面でも積極的でなく、数年に一度申し訳程度にしか法執行しないと非難されてきました。先ごろのタイの火力発電所建設に関する桟橋利用についての贈賄については、日本版司法取引が当初の想定とは反対に、会社が、個人を差し出し、個人だけが罰金刑に科せられ、最高裁で確定するといういびつな事態になり、波紋を呼んでいます。
さらに遅れたのが英国で 2010 年同国はようやく重い腰をあげ Bribery Act2010 という法律を制定しました。実績としてはロールスロイス社に対する巨額の罰金があります。そのほか、韓国、中華人民共和国にも同様の法律があります。では、これらの法律でのキーワードを見ていきましょう。
2.域外適用はあるか?
反トラスト法や独禁法と違い基本的に域外適用はありません。しかしながら、DOJ は米ドルが関係する場合にはなんらかの形で米国の銀行が関与することになるとして、適用を認める可能性があります。WEB のリーガルエッセイに日本で摘発された事件を紹介した表を貼っておりますが、平成 21 年のベトナムでの案件は米ドルで支払われているので競争相手に米国企業がいたりすると密告の対象となったかもしれません。上述のタイの案件は同国の通貨バーツで支払われていて、FCPA は対象外となりそうです。この域外適用や、英国子会社が関与していたとして、丸紅は 2014 年に 8800 万ドルで和解し、パナソニックは 2018 年に 2 億 8000 万ドルの罰金を科せれられています。
3.ファシリテイションペイメントとホスピタリティ
このファシリテイションペイメントというのは、少額の賄賂を要求されて、この作業なしには日常の業務が滞ってしまうという場合に 1 ドルとか 2 ドルといった額を税関職員に渡したりするものです。それらの国々では、公務員の給料が安く、安定した生活が営めず、賄賂を要求してしまうという実情があるのです。先日もフィリピンの入管施設で強盗に関する指示を日本に対して出せるだけの機器が持ち込まれていたことが報じられましたが、かようなことが起こるほど、給料が安く、公務員としての職業倫理を保てないことが大きな要因となっています。米国はある意味合理的で一定レベルでこれをグリースと呼んで認めています(差し油という意味です)。ただ、英国はこれを認めず、また日本もガイドラインの原則として、これを許さないという書きぶりを改定の際に強めています。皆で一致して苦情申し入れをするなどの方法も提案されていますが、これだけで一朝一夕に直せるものでもない、根深い問題です。場合によっては、緊急避難といったことも考えなければなりません。それに比べてホスピタリティは、いわば儀礼的なもので、日本であれば、お中元、お歳暮、キリスト教が強い国ではクリスマスギフトや、感謝祭のギフトなどで、少額のもの、だいたい 5,000 円程度くらいまでのものなら、許されるとするものです。英国でもこれは同様ですが、仮に少額や時期的にはまさにそのようなシーズンに当たるとしても、入札の直前など、何らかの不正の利益を得ようとしていると懸念されないよう気を付ける必要があります。
4.商業賄賂
日本にはない概念ですが、例えば、ある会社のコンペに参加しているようなときに過剰接待をして、その案件を獲得するような場合です。これは商業賄賂として、英国でかような行為が国内でなされれば上述の Bribery Act 違反になりかねませんし、中国では不正競争行為とされています。ドイツでも国内では商業賄賂の罪があるとされています。
5.第三者の行為
自ら現金を渡したり、何らかの便宜をはかるのではなく、第三者からコンサル料名目で支払われることがあります。もちろんその事実を知っていれば、教唆犯、幇助犯、上述のタイの案件からすれば、日本では共謀共同正犯が成り立つ可能性があります。
6.英国のBribery Act の恐ろしさ
賄賂の罪には、不正の目的といった故意が要求される国がほとんどですが、英国は企業に対しては一種の過失反を認めています。7 条の懈怠罪です。実行行為者が現実に賄賂を贈ったかどうかを問わず、送ろうとするのを阻止できなかったことが懈怠罪として、罰されるのです。
7.どう対応するか
英国の内務省発行のガイダンスは、具体例を示してくれていて、①贈賄行為を許さないというトップの自覚と公表、② リスクアセスメント、③アセスメントの結果必要ならデューディリジェンス、④ 監視、評価、⑤内部通報制度の構築、有効な実施を推奨しています。例えば、公務員の給与の安い国での通関業務や、大きなプロジェクトへの参加、JV の相手先に外国公務員に近しい人がいないかどうかなどリスクを見つけ出して、危ない箇所はデューディリジェンスを行うのです。問題がなかったとしても、継続的な監視を怠らないようにとガイダンスは警告しています。逆にこれらの対応をきちんと行っていたのに残念ながら個人が贈賄行為をしたとしても 6 で述べた懈怠はなかったと防御することができます。
8.有事の対応
もし米国ドルで支払われていたら、直ちに米国資格を持つ弁護士に相談することをお勧めします。米国弁護士との会話は弁護士依頼者間秘匿特権の対象となるため、そこでの会話は捜査機関の強制捜査でも提出を免れ得るからです。そのうえで、米国の DOJ は自主申告を呼び掛け、それを実行した者には、減刑するまたは訴訟を遅延させるというのです。オバマ政権の最後に出されたパイロットプログラムはこれを推奨するものであったため、皮肉にもトランプ政権下で 83 件もの摘発がなされています。トランプ政権自体はこの推進に消極的であったためか、バイデン政権下ではまた数件の摘発しかなされていません。ですが冒頭の呼びかけに応じる形で今後数が増えていくのではないでしょうか ? 大事なのは、何かあるとわかったら徹底的に調べて、すべての事実を、米国だけでなくすべての管轄を持つ国、地域で一斉に申告することです。そのためには、弁護士間の連携も重要となってきますので、そのような各国との連携が可能な弁護士を早くに見つけておくことも重要となってくるでしょう。