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適格消費者団体の訴えによる建物賃貸借契約のひな形の破棄(2023年1月20日)

適格消費者団体の訴えによる建物賃貸借契約のひな形の破棄

弁護士 苗村博子

1.この判決(最判令和4年12月12日)を紹介する意義

この最高裁判決の原告は、適格消費者団体で、この団体は、消費者契約法 2 条 4 項が規定しています。「不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体」で、内閣総理大臣の認定を受けた者に該当します。この適格消費者団体は、事業者が、消費者に不利な条項を用いないよう予防を求めたりする差止請求権が与えられています(同法 12 条)。この一つの団体から起こされた、住居に関する建物賃貸借契約において家賃保証会社が行い得るとする様々な行為や賃借人がこれに異議を述べないことを定める規定に対して差止等を求めた事案です。本判決は、(1) 家賃保証会社の賃貸借契約の無催告での解除権、(2) 賃借人はその無催告解除に異議を述べないこと、および(3)3 か月以上の家賃未納の場合で、その物件の不使用が認められるような場合に家賃保証会社が賃借人が明け渡したとみなせる条項が、消費者を一方的に害する条項として無効になるとする消費者契約法 10 条の適用を認め、かような条項を含むひな形の破棄という形での差止を認めました。本件では、上述の (1)(2)(3) のほかにも一審原告は様々な主張をしていましたが、行数の関係でこの点は割愛させていただきます。米国のようにクラスアクション(集団訴訟)を専門とする弁護士がいるような状況にはなく、日本では、消費者が契約の相手方を訴えることは難しいと考えられ、適格消費者団体の差止請求権制度はあまり活発に活用されてきたとはいえません。

ただこの最高裁判例は (1)(2)(3) のいずれも棄却した大阪高裁判決を批判し、(3) を認めた第一審の大阪地裁判例よりさらに広く (1)(2) の家賃保証会社の無催告解除権およびその賃借人の異議申立権の喪失まで無効とした点、さらにひな形の破棄まで是認した点に大きな意味を持ちます。本誌のもう一つのエッセイがフリーランスに関しても独禁法の適用を認めようとすることをご紹介しているように、契約当事者間のパワーバランスが対等でない場合に、よりパワーの弱い側を保護する動きは、今後も続いていくことが考えられます。

平成 29 年の民法の債権法分野の改正が当事者自治を中心に据えつつ、定型約款の規定(同法 548 条の 2 ~ 4)を置いたように、当事者間の力関係が対等でない場合や、一方的な条項について応諾するしかない場合には、契約書やそのひな形を作成するにあたり、公平、公正さがより強く求められることにご配慮いただきたいと思います。

2.消費者契約法10条と12条

本件では、消費者契約法 10 条が大きな意味を持ち、前段で、契約が消費者の権利を制限したり義務を加重していて、後段で、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害する場合にはそのような条項は無効となるとしています。そして、同法 12 条で、かような無効となるような契約について、適格消費者団体に差止請求権を与えています。

3.家賃保証会社の建物賃貸借の無催告解除権について

まず、(1) の家賃保証会社による無催告解除については、第一審、原審ともに、まず、賃貸人には一か月分でも滞納した時で、無催告解除を認めても「あながち不合理とは認められない事情が存する場合に」は、無催告での解除を認めた最高裁判例(最判昭和 43 年 11 月 21 日) があるとして、かような事情がある場合には、賃貸人の無催告解除を認める条項自体には問題がないとしました。そして、問題となったひな形も同様に「あながち不合理でない場合」をある意味付加して読むべきなので、この点が明示されていなくても、問題ないとしました。

そして、賃貸借契約の当事者でない家賃保証会社に解除権を付与することについては、民法の建前として、解除権は契約当事者に与えられているものであり(同法 541 条)、第一審の言葉としては、「契約の帰趨については契約当事者のみが自由な意思に基づいて決せられ、第三者からの介入を受けない、というのが一般的な法理として存するものといえる」として、契約当事者でない家賃保証会社に無催告解除権を与えることは、消費者契約法 10 条前段の消費者の権利を制限するものであることを認めました。

ただし、いずれも、同条後段の信義誠実義務の基本原則に反し、消費者を一方的に害するかの点については、保証料が初年度は賃料1か月分、2 年目以降は保証履行の回数が 1 回の場合に 1 万円、2 回で 3 万円など高額でないなどとして、格別の害はないとしました。

また、(2) のかような家賃保証会社の無催告解除権に対し、賃借人が異議を述べられないことについては、第一審、原審ともに消費者契約法 10 条前段にも該当しないとしました。

これに対して、最高裁は、本件で問題となった賃貸借契約書ひな形には、「賃借人が支払いを怠った賃料等の合計額が3 か月分に達したとき」と定めるだけで、このほかには何らの限定も加えていないとし、家賃保証会社が、連帯保証債務を履行して、賃貸人との間で、賃料不払いの事実がなくなった場合にも、家賃保証会社が賃貸借契約を解除できることになってしまうとして問題だとしました。「保証」というものの原点をまっとうに言い当てていると考えられます。

加えて、第一審や原審が掲げる上述の昭和 43 年の最判は、賃貸人が解除することについても、それがあながち不合理ではない場合に限られるとするもので、本件で問題となっている条項にはそのような限定はなく、この最判とはかけ離れていて、本件ひな形の条項をもって同様の限定解釈をするのは相当ではないとしました。そして、消費者契約法 10 条の後段、消費者の利益を一方的に害するものかについても、原契約は、(住居の賃貸借という)当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であって、その解除は賃借人の生活の基盤を失わせるという重大な事態を招来するとして、信義則に反して消費者を一方的に害することを認め、(1)(2)   の条項を無効としました。

4.家賃保証会社による自力救済?

次に、(3) に関する条項は①賃料支払いが 2 か月以上行われず、②家賃保証会社が合理的な手段を尽くしても、賃借人と連絡が取れず、③電気・ガス・水道の利用状況、郵便物の状況等から、建物を相当期間利用していないと認められ、④建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる場合には、建物の占有を終了し、建物を明け渡したと認めることができる、というものです。

この条項については、第一審は消費者契約法 10 条違反を認めましたが、原審はこれを否定していました。最高裁は、元の賃貸借契約が終了していない場合でも、家賃保証会社が、本件建物の明渡しがあったと見なしたときは、契約当事者でもない、家賃保証会社によって賃借人の使用収益が制限されることになるとして、消費者の権利を制限しているとしました。賃貸人であっても法律に定める手続きでなければ、明渡請求できないのに、当事者でない、家賃保証会社が明渡しがあったと見なせる、つまり自力救済も可能となるとするのは、著しく不当だと言っているのです。

④の建物を賃借人が再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できるという文言は、その内容が一義でないとして、消費者が的確に判断することができず、不利益を被る恐れがあるとしたうえで(消費者契約法 10 条前段を認め)、賃借人が明示的に異議を述べたときには本件建物の明渡しがあったとはみなすことはできないとの条項があったとしても、その異議の方法が明示されているわけでもなく、不当であるとして、信義則に反して、消費者の利益を一方的に害するものとして(同条後段を認め)無効であるとしました。

5.判例の評価

家賃保証システムが、住居を借りやすくするためのものとして機能していることは、理解できますが、家賃保証会社は、本件でも第一審が言及したように保証料を得ていて、多くの契約は不履行もなく円満に終了していることを考えれば、本件で最高裁が言及した条項が無効とされても保証会社に特に大きな不利益が生じるものでもないと思われます。にもかかわらず、自力救済は原則認めないという司法の大原則に反しかねない家賃保証会社の明渡しのみなし規定を有効とするような判断をなぜ原審がしてしまったのか、大変疑問に思われます。

本件の最高裁の述べるところは、いずれも建物賃貸借、特に住居の賃貸借の原点、すなわち、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されて初めて、賃貸人が契約を解除でき、またその後の明渡しも裁判を通じた法的な手続きによるべきものであることを明確にした至極明晰なものと考えます。

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