住宅地図の著作物性を認めた裁判例 -東京地裁令和4年5月27日判決(ゼンリン住宅地図事件)-(2023年1月6日)
住宅地図の著作物性を認めた裁判例
-東京地裁令和4年5月27日判決(ゼンリン住宅地図事件)-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
令和4年5月、東京地裁により、住宅地図が著作物にあたると判断し、無断複製・譲渡等の差止めを命じるとともに、多額の損害賠償請求権を認めた判決(東京地裁令和4年5月27日判決、以下「本判決」といいます。)が下されました。
本稿では、いかなる場合に地図への著作権による保護が認められるのかを中心に、本判決の判示内容をご紹介し、本判決を踏まえて、日常的に行われている地図の利用にあたり注意すべき点を検討します。
2 事案の概要
原告である株式会社ゼンリンは、住宅地図を作成・販売する事業者です。
被告らは、長野県内を中心に、広告物の各家庭ポストへの投函(ポスティング)や住宅購入相談を業とする有限会社及びその代表取締役です。被告らは、原告作成の住宅地図(以下「本件住宅地図」といいます。)を購入し、これを適宜縮小して複写し、集合住宅名や配布禁止宅名等の必要な情報を書き込んだポスティング用地図を作成して、これをポスティング業務に利用していました。また、被告らは、ポスティング用地図の画像データをフランチャイジーに対し交付したり、自社のウェブサイトに掲載したりしていました。
原告は、被告らによる行為が本件住宅地図の著作権(譲渡権、公衆送信権)の侵害にあたると主張し、これら行為の差止めを求めるとともに、被告らに対し、著作権法114条3項に従った使用料相当額の一部として3000万円の損害賠償を請求しました。
3 争点及び判示内容
(1) 争点
本件の争点は多岐にわたりますが、中心的な争点は、本件住宅地図が著作物として保護されるか否かでした。本稿では、本件住宅地図の著作物性、及び、原告に生じた損害額の争点に絞って検討の対象とします。
(2) 本判決の判示内容
被告は、本件住宅地図は機械的に作成されたものであり創作性が発揮される余地は乏しいと主張しつつ、「都市計画基本図において・・・著作権法上の保護の対象となる部分は極めて限定的である」などと述べた国土地理院の見解[1]を引用するなどして、本件住宅地図の著作物性を争っていました。しかし、裁判所は、本件住宅地図につき、イラストを用いることにより施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名・住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示しているとして、その創作性を認めました。他方で、被告が指摘する都市計画基本図についての国土地理院の見解は、本件住宅地図のような住宅地図一般について述べられたものではないとして、被告の主張を排斥しました。結論として、裁判所は、本件住宅地図が著作物にあたることを認め、ポスティング業務の対象地域、期間、頻度等から、被告らが、合計96万9801頁の本件住宅地図を複製したことを認定しました。
そして、裁判所は、本件住宅地図の複製の許諾には原告に対し1頁あたり200円を支払う必要があったことから、被告の複製行為による使用料相当額(著作権法114条3項)が1億9396万0200円に上り、これに弁護士費用1900万円を加えた計2億1296万0200円の損害が原告に生じたと判示しました。(ただし、本判決は、原告が請求した3000万円の範囲で損害賠償を命じました。)
4 解説
(1) 地図の著作物の創作性
地図の著作物は、著作物を例示した著作権法10条1項各号のうち、同項6号(地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物)に定められた著作物の類型です。
過去の裁判例では、地図は、一般に、「地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するもの」であって、創作性を認め得る余地が少ないのが通例であるとされつつ、それでも、「記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験、現地調査の程度等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表われ得る」ために、これらの情報の取捨選択及び表示方法を総合的に検討して著作物性が判断されるべきと判示されていました(富山地裁昭和53年9月22日判決・無体集 10巻2号454頁、東京地裁平成13年1月23日判決・判時1756号139頁)。このように、地図については、素材の選択及び配列における創作性の有無によって著作物性を判断する編集著作物(著作権法12条1項)と同様の判断基準によって、その著作物性が検討されてきました。
(2) 本件住宅地図の著作物性
本件住宅地図の著作物性について、本判決は、「地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである」と述べ、上記の過去の裁判例に沿った判断基準に従って検討しました。
本判決は、本件住宅地図の著作物性を認めるにあたり、原告が、住宅地図をより見やすくするために、長年にわたって、記載すべき情報の取捨選択や表示方法についての検討作業を行っていた点を重視しています。特に、建物を真上から見た形を表す家形枠については、調査員の現地調査をも踏まえて作成されたものであることが指摘されています。その他にも、本件住宅地図には、表示方法の工夫として、目盛りや地図番号の記載により検索を容易にしている点、信号機やバス停等をイラストで表示している点、居住者名や店舗名を家枠内に記載して住所表示を分かりやすくしている点といった特徴があるとされ、これら特徴を組み合わせることで、地図全体として創作性を獲得すると判断されたものと考えられます。
なお、前述のとおり地図の創作性については限定的に解されることもあり、類似の表現について翻案権侵害の成立の余地が一定限られる可能性がありますが、本件については、被告らが本件住宅地図を切り貼りするなどしてポスティング用地図を作成したことにつき、複製権侵害が認められていることから、デッドコピーに近い態様で本件住宅地図が複製されていたものと思われます[2]。
(3) 使用料相当額の損害
本判決は、著作権法114条3項の使用料相当額として、原告には2億円近くもの損害が生じたことを認めています。当該金額は、一般的な相場に従ってではなく、原告が設定していた実際の使用料額に従って算定されたものであり、この使用料相当額の算定方法について考え方は、過去の裁判例(知財高裁平成21年9月15日判決・裁判所ウェブサイト等)の判示に沿うものです。
従来は損害賠償額が少額にすぎることが問題視されることもあった著作権侵害の事件に関して、本判決が、原告の一部請求(3000万円)の範囲で支払いを命じたものの、高額の賠償額が認められる可能性を示したことは注目に値します。
5 地図の利用にあたり注意すべき点
現在、ウェブ上の地図サービスの機能がさらに充実してきたことで、PCやスマートフォンによる地図利用は、個人・企業を問わず、日常的に行われています。
市販されている住宅地図だけではなく、ウェブ上で提供されている地図サービス(Google Map、Yahoo!地図、マピオン、MapFan等)についても、各事業者が、記載すべき情報を取捨選択し、その表示方法に工夫を凝らして地図を作成したものと考えられ、本件住宅地図と同様に、地図の著作物として保護される可能性が相当高いものと思料します。
本判決を機に、各企業としては、日常的に利用されている地図が著作権で保護される可能性があり、無断での複製・配布やアップロードが権利侵害にあたり得ることを、地図サービスを利用する従業員らに理解してもらうことが重要であるといえます。
以上
[1] 地理空間情報活用推進会議「地理空間情報の二次利用促進に関するガイドライン」(平成22年9月)23頁 https://www.mlit.go.jp/common/000124117.pdf
[2] 本判決中では、複製行為の立証のために、訴訟提起に先立ち、被告らの地図の検証を求める証拠保全が申し立てられ、検証が実施されたことが記載されています。