国際契約に関する紛争解決手段-訴訟?仲裁?(2022年10月26日)
国際契約に関する紛争解決手段-訴訟?仲裁?
弁護士 苗村博子
紛争解決条項(Dispute Resolution)
国内の企業間での契約では、紛争解決条項はもっぱら専属管轄、すなわちどの裁判所で紛争を解決してもらうかを定めることがほとんどですが、国際契約となりますと、紛争解決を訴訟で行うか、仲裁機関に判断を委ねるべきか、からまず検討することになります。
また、第三者の判断を求める前に、当事者間での協議を前提条件としたり、調停を前置させることを定める場合もあります。以下にそれぞれの違いを表にまとめています。
調停 | 仲裁 | 訴訟 | |
機関 | JIMIKなど私的機関 | ICC,AAA,SIAC,JCAA,JAMSなど様々な私的機関 | 裁判所 |
費用 | 低廉 | 高額 | 低廉 |
強制執行のための
手続 |
執行国がシンガポール条約に加盟していれば、調停内容が執行可能となる。日本は未加盟。 | 執行国が、NY条約に加盟していれば、仲裁判決の執行が可能となる。日本は、加盟国で、仲裁判決の執行については、仲裁法45条以下に定める。 | 外国判決の承認執行手続は各国の民事訴訟法や規則が定める。日本での執行は、民事訴訟法118条以下に定める。 |
公開性
|
非公開 | 非公開 | 多くの国で公開 |
上訴の可否 | 双方の合意によるので上訴は考えられない。 | 一審制、上訴不可
|
多くの国で上訴可能。日本は三審制 |
国際契約の専門家はこれまで仲裁を勧めてきましたし、また現在日本では、日本国際紛争解決センター等を通じて[i] 政府自体が仲裁制度をもっと活用しやすくしようとしています。ただ世界ではすでに仲裁の問題点である、上訴ができないこと、高額の費用や判断までの時間の長さ、判断者が私人であることなどから、仲裁離れが進んでいるといわれています。私もある事件でこの仲裁の問題点を実感しております。
したがって、今契約上のアドバイスを求められたら、被告地での訴訟を中心に検討するようお伝えすることになるかと思います。こちらが訴訟を起こす場合には、日本の裁判所の方が、勝手がわかっていてよいというものの、いざ判決を執行するには、被告地の裁判所の関与が何らかの形で必要となるうえ、中国のように日本の裁判所の判決の執行を認めてくれない国もあるため、結局は被告地の裁判所で裁判をする方が早い解決に結びつくように思います。もちろん、被告地の裁判所は、自国の被告に有利な判断を下す可能性がありますが、それはそのような国の相手方と契約を結ぶ際のいわばカントリーリスクといわざるを得ません。ただし日本と違い裁判所でも賄賂が横行している国や、第一審に 10 年かかると言われるインドのような場合は、仲裁の方がよいかと思われます。
欧米の国では、日本の裁判所の判断は予測可能性がないとして、日本の裁判所に専属管轄を持たせようとすると大いに反発されますが、被告地の裁判所を選ぶというのは、紛争解決手段の基本中の基本なので、契約相手もなかなか文句が言えないと思われます。ちなみに、私自身は日本の裁判所の判断の予測可能性は相応に高いものと思っています。選挙で選ばれ、あまり法知識がない裁判官がいる国や陪審員に事実認定を任せている米国の多くの州に比して、日本の裁判所の判断は、はるかに予測可能性は高いものの、そもそも日本語で全ての手続きが進むこと、日本の法令は若干英訳が進められているものの、日本の判例が英訳されているという話はなく、かような言語的な障壁から予測が困難と考えられているものと思われます。
コモンローの国の契約相手であれば、被告地の裁判手続きもコモンローに従いますので、その規模感はともかく、手持ち文書の相手方への開示(Production of Documents) や 供 述 録 取 手 続 き(Deposition)といったディスカバリの制度があり、これが実施されます。したがってこちらが訴える場合には、相手方の手元にある証拠を日本の訴訟では考えられないくらい広範に獲得することができることになります。被告地管轄の紛争解決条項にしておくと、契約相手は日本で裁判をしなければなりません。証拠収集方法の拡充については、弁護士会からも再三提案しているのですがなかなか実現できず、したがって、契約相手は当方の手持ち資料へのアクセスに苦労することになるのです。かようなことから、被告地の裁判所を選択するのも一定の合理性があるかと思う次第です。仲裁を選ぶのは、よほど秘密性を高く保つ必要のある場合に限ることとなりそうです。
ここからは余談となりますが、今になって国際紛争の解決に仲裁手続きを推そうとする日本と違って、米国は、仲裁での解決を望ましいとする傾向にあるといわれてきました。確かに仲裁手続きはすべて私的機関が担当し、その費用も各当事者が負担します。訴訟は、日本もですが、国民の基本的な権利としての裁判を受ける権利に対応するもので、国民の税金で運営されています。この運営にかかる費用は、訴訟に対して当事者が払う裁判費用だけでは到底まかないきれません。契約に関することは、なるべく仲裁で解決してもらう方が、裁判所の負担を軽くできてよいというのが、これまでの米国連邦裁判所の考えであったと思われます。しかし 2022 年になって 5 月 23 日[ii]、6 月 15 日[iii]と相次いで、このArbitration Favorable という考えを否定する連邦最高裁判決が出されています。これらの判断は、いずれも労働者が使用者に対して残業代等の不払に対し、自分に対する未払金の支払いだけでなく、(クラスアクションとは異なりますが )、他の従業員を代表して支払いを求め、または州政府がかような未払いを行っている企業に対して民事罰を下すための訴訟(Qui tam Litigation といいます)を提起したものです。5 月 23 日の Morgan 判決の事件では、原被告間の労働契約には紛争解決手段として仲裁に付すとされていたにもかかわらず、その点を主張せず、提訴から半年くらいたってから被告が仲裁への移行申し立てをしたという事案でした。最高裁は、それまで第 8 巡区連邦高裁が出していた、仲裁への移行を認めないのは、その時点で仲裁に付すことが、原告に不利益を及ぼす場合に限るとする要件について、かような要件は連邦仲裁法(Federal Arbitration Act)が予定するものではないとして、この要件を排し、仲裁への移行を認めませんでした。
6 月 15 日判決は、Qui Tam 訴訟は本来州が行うべきところ、その原告(Relator と呼ばれます)が代わりに起こしたものであり、州には被告との間でかような仲裁に付すとの合意はないとして、やはり仲裁への移行を認めませんでした。第 8巡区連邦高裁が出していた、「相手方の不利益がある場合のみ」という要件は、それまでできるだけ紛争は仲裁で解決すべきする考えを具現化したものととらえられていたもので、また仲裁は仲裁合意をした当事者間でなされるものというのは、仲裁の基本ですから、その基本に忠実にすべしとの連邦最高裁の新しいポリシーを示したものとされています。
折角センター等も作って仲裁を勧めようとの日本政府の判断ではありますが、これまで仲裁が基本だったからとの理由で、安易に仲裁を紛争解決手段に選ばないことも重要かと考えます。ただどうしても仲裁を選ばざるを得ない場合、どの仲裁機関を選択するかも重要な問題となってきます。費用感や信頼の高さ、日本からの距離、相手方の応じてくれやすさなどを総合的に考えるとシンガポールのSIAC となるのでしょうか。
[i] https://idrc.jp/
[ii] Morgan v. Sundance
[iii] Viking Cruise Lines, Inc. v. Moriana