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急速に進む民事訴訟のIT化のメリットと課題(2022年4月25日)

急速に進む民事訴訟のIT化のメリットと課題

弁護士 田中 敦

1 はじめに

これまで長らくの間、民事訴訟は、郵送や FAX によって書面のやり取りが行われ、原則として裁判所へ双方当事者が出頭する方法によって期日が行われていました。近年、民間企業や海外の訴訟手続の IT 化の流れを受け、わが国の民事訴訟手続も急速に IT 化が進んでいます。本稿では、民事訴訟の IT 化のスケジュールをご紹介した上、IT 化の現状を踏まえて、そのメリットや課題について検討致します。

 

2 IT化のスケジュール

民事訴訟のIT 化は、平成 29年 10月以降、内閣官房に設置された裁判手続等のIT 化検討会において本件的な検討が始められ、平成 30 年 3 月には全面的なIT 化を目指すことが明記された「裁判手続等のIT 化に向けた取りまとめ」(以下「検討会取りまとめ」といいます)[1] が公表されました。その中では、民事訴訟の「3 つの e」を目指すというスローガンの下で、三段階のフェーズに分けて IT 化を進めていく方針が打ち出されました。

【図】検討会取りまとめ18頁より図表引用

まずフェーズ 1 は、現行の民事訴訟法の範囲内で、従来の対面での期日に代わりウェブ会議等を利用して効果的・効率的な争点整理を行うというもので、令和2 年 2 月からすでに運用が開始されています。今後予定されるフェーズ 2 では、関係法令を改正することにより実現可能になるものとして、双方当事者が裁判所に行かなくても訴訟の第 1 回期日や弁論準備手続期日等を開くことができるようになる予定です。最後のフェーズ 3 では、訴状提出を含めたオンラインによる申立てや訴訟記録の電子化が予定されています。当初のスケジュールによれば、フェーズ 2 及びフェーズ 3 は令和 5 年以降の完全実施が目標とされています。

【図】検討会取りまとめ20頁より図表引用

3 IT化の取組みの現状

前述のとおり令和 2 年 2 月から運用が始まったフェーズ 1 では、MicrosoftTeams(以下「Teams」といいます)を用いたウェブ会議による期日(以下「ウェブ期日」といいます)が行われており、直後のCOVID-19 の感染拡大による移動自粛と相まって、急速にその運用が拡大されてきました。現在では、全国の多くの裁判所が、積極的にウェブ期日を用いています。

ウェブ期日の民事訴訟法上の位置づけとして、従来利用されていた弁論準備手続は当事者のいずれかが裁判所に出頭することを要するため、双方当事者が裁判所へ出頭しないウェブ期日は、書面による準備手続(民事訴訟法 175 条)として実施されることが一般的です。ウェブ期日では、従来の弁論準備手続と同様に、期日間で提出された書面を事実上確認した上で、その内容や今後の進行について裁判官と各当事者が意見交換を行います[2] 。和解に関する協議をウェブ期日で行うこともあります。なお、現時点では、ウェブ期日が用いられるのは、双方の当事者に代理人弁護士が就いている事案に限られています。

フェーズ 3 の一部の前倒しとして、令和 4 年 2 月からは、相手方への送達を要しない書面(準備書面等)について、民事裁判書類電子提出システム(通称「mints」、以下「mints」といいます) の試験運用が開始されました。mints を用いることで、電子データによる書面の提出(アップロード)、閲覧、ダウンロード等が可能となります[3] 。現時点では、一部の限られた地方裁判所のみが試験運用の対象になっていますが、今後徐々にその運用が拡大されていく方針です。

 

4 IT化のメリットと課題

(1) IT化のメリット

ア 裁判所への出頭の負担の軽減

ウェブ期日のメリットとしては、裁判所への出頭の負担の軽減、とりわけ遠隔地の裁判所への出頭の必要がなくなったことが挙げられます。このことは、代理人である弁護士にとってのメリットに留まらず、交通費等の費用負担を抑えられるという点で、依頼者にとってのメリットにもなります。また、たとえ代理人が遠方にいても数十分の空き時間があればウェブ期日に参加できるため、次回期日の調整が容易になり、訴訟期間の短縮に資するという副次的効果もあります。

従来、一方の代理人が遠隔地にいる場合には、電話会議の方法により期日が行われることがありました。しかし、裁判官や相手方代理人の顔が見えない電話会議と異なり、ウェブ会議では話し手の顔を見ながら意見交換ができるため、議論の活性化による審理の充実につながります。ウェブ期日の活用により、移動や接触の機会を減らすことができるため、感染症拡大の防止にも役立つという利点もあります。

イ Teamsの各種機能を用いた争点整理の充実・効率化

裁判官によっては、ウェブ期日の開催中またはその前後において、Teams の各種機能を駆使して争点整理の充実化を図ろうとする試みを行っています。

例えば、Teams のメッセージ機能を利用して、ウェブ期日前に裁判所から双方の代理人に対し議題事項を送ったり、ウェブ期日後に議論をまとめたメモを共有したりすることがあります。また、ウェブ期日の中で、Teams の画面共有機能を利用して、参加者全員で同じ画面を見ながら意見交換をすることもあります。これらの Teams の機能を活用しながらウェブ期日を行うことにより、裁判所と両当事者間で、事案に関する理解を深め、真に争点となるべき点を早期に把握するという争点整理の充実・効率化に資することが期待されています。

ウ 書面の作成・提出の負担の軽減

これまで、事案によっては、ページ数の非常に多い準備書面や大量の書証を裁判所へ提出する必要がありました。そのような場合、書面や書証の印刷や郵送のために、相当の時間と費用を要していました。フェーズ 3 の運用により e 提出が実現すれば、これまで要していた書面の作成・提出のためのコストが削減できます。

 

(2) 今後の主な課題

ア システム送達についての課題

IT 化のフェーズ 3 では、現在は相手方への送達が必要である書面(訴状等) について、事件管理システムにアップロードされた旨を相手方へ通知することをもって、従来の送達に代えること(システム送達)が検討されています。

しかし、訴状が提出されたことを被告へ知らせるためには、被告の連絡先となるべきメールアドレス等が、あらかじめ事件管理システムに登録されている必要があります。そのため、被告となるべき者が任意に連絡先を事前登録した場合のみ、システム送達ができることとなりますが、そうであればその実効性には疑問が生じ得ます。また、「なりすまし」による事前登録といった弊害を防ぐために、事前登録できる者の対象をどのように限定するかについても検討が必要です[4]

イ 書面提出のオンライン化についての課題

書面提出のオンライン化が実現した場合、従来の書面による提出とオンラインによる提出を選択制とするか、それともオンライン提出を義務化して一本化を図るかが問題となります。

弁護士を代理人としない本人訴訟も少なからずあるところ、オンライン提出を義務化してしまえば、IT に習熟していない本人が裁判を受ける権利の侵害につながるおそれがあります。かかる弊害を防止するために、弁護士が代理人である場合のみオンライン提出を義務化してはどうか等の様々な意見が出ており、この点も今後の検討課題の一つです。

 

5 おわりに

以上の通り、ここ数年、民事訴訟のIT 化が急速に進んでおり、その有用性については私自身も実感しているところです。もっとも、裁判所が目指すIT 化の最終段階に到達するためには、本稿で取り上げられなかったものを含め、多数の課題が残されています。加えて、証人尋問等のIT 化には適さないとも考えられる手続についての検討も要します。わが国の民事訴訟の IT 化が最終的にどのような形になるのかについては、今後の議論を注視していく必要があります。

 

[1] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/pdf/report.pdf

[2] もっとも、書面による準備手続としてのウェブ期日において、書面の陳述、証拠の採否、書証の取調べをすることはできません。

[3] mintsの操作説明動画は、裁判所のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/user/courtsjapan/videos?app=desktop)で一般公開されています。

[4] 検討会取りまとめでは、「当面の間は、個人を対象としないのが相当である」と報告されています(45頁)。

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