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監査役の責任に関する最高裁判例について(2022年1月28日)

監査役の責任に関する最高裁判例について

弁護士 倉本武任

1.はじめに

会社法では、取締役の業務を監査する機関として監査役という機関が設けられており、公開会社でない会社で、会計監査人を置かない会社では、定款に定めることで、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定することも認められています(会社法 389 条 1 項)。中小企業等では、このような会計限定監査役を含めて、名ばかり監査役を置く場合も多く、企業のコンプライアンスの一角を担う監査役の監査業務は軽視されているようにも思えます。本来、監査役は、どのような任務を負っていて、どのような場合に責任を問われるのでしょうか。

横領を見抜けなかった元会計限定監査役の賠償責任に関する裁判で、最高裁[1] は、責任を否定した高裁判決[2] を破棄し、審理を差し戻しました(以下「本件最高裁判決」といいます)。監査役の監査の根幹に関係する判決であり、監査役とは何をしなければならないのかについて考える契機となると思われますので本稿では、本件最高裁判決の内容について検討したいと思います。

2.事案の概要

原告において経理を担当していた従業員が、約 9 年以上にわたり、原告名義口座から自己名義口座に送金する横領行為を行いました。当該従業員は、送金を会計帳簿に計上しなかったため、会計帳簿上の残高と実際の残高の間に相違が生じていましたが、当該従業員は、横領行為が発覚しないよう口座の残高証明書を偽造する等していました。原告は、公開会社でない会社であり、会計監査人を置かないため、公認会計士及び税理士である被告が長年、監査役を担当していましたが、その監査の範囲は会計に関する者に限定されていました。被告は、原告の計算書類及びその附属明細書(以下「計算書類等」といいます)の監査を実施しましたが、当該従業員から提出された残高証明書が偽造されていることに気付かず、これと会計帳簿を照合し、各期の監査報告において、計算書類等は適正に表示している旨の意見を表明していました。その後、取引銀行からの指摘により横領行為が発覚し、原告が被告に対して、被告が監査役としての任務を怠ったことにより、原告の従業員による継続的な横領行為の発覚が遅れ、損害が生じたとして、会社法 423 条 1 項に基づき損害賠償を請求したという事案です。

3.本件の主要な争点及び争点に対する判断

本件では、監査役である被告に対して横領行為に対する任務懈怠が認められるかが主要な争点となりました。第一審[3] では、横領行為に対して被告の任務懈怠を認めたのに対して、高裁では、第一審判決を変更し、被告の任務懈怠を認めませんでした(以下「本件高裁判決」といいます)。

これに対して、本件最高裁判決では、会計限定監査役が、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合でも、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認さえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないとしたうえ、任務を怠ったと認められるか否かについては、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるか否かについてさらに審理を尽くして判断する必要があるとして高裁に審理を差し戻しました。

4.本件最高裁判決の判断に対する検討

(1)本件高裁判決と本件最高裁判決の違い

会計限定監査役は、監査報告を作成し(会社法 389 条 2 項)、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案等の調査結果を株主総会に報告することが任務とされています(同法389 条3 項、同法施行規則 108 条)。そして、監査については、計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめる必要があるとされています(同法計算規則 121 条 2 項)。本件高裁判決では、同法計算規則 121条 2 項の「計算関係書類に表示すべき情報」については、原則として、当該事業年度の会計帳簿に基づく情報を意味すると解釈したうえ、会計帳簿を作成するのは、取締役またはその指示を受けた使用人であり、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは会計限定監査役の本来的業務ではないとしています。

他方で、本件最高裁判決では、監査役は会計帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等について取締役等に報告を求め、またはその基礎資料を確かめるなどすべき場合があり、それは会計限定監査役でも異ならないとしています。

このように、本件高裁判決では、会計限定監査役の監査における主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかの監査であり、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りると考えているのに対して、本件最高裁判決では、会計帳簿の内容の真偽を確認する必要があるとして本件高裁判決の考えを否定しています。

(2)監査役として何をする必要があるか

本件最高裁判決では、本件高裁判決の考えを否定したうえ、被告が任務を怠ったと認められるか否かは、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるかさらに審理を尽くす必要があるとして、審理を差し戻しましたが、会計限定監査役として、どのような場合にどのような基礎資料をどの程度まで確認しなければいけないのかに関して具体的な基準

は示されていません。

この最高裁判決によれば、会計限定監査役でも、会計帳簿またはこれに関する基礎資料をいつでも閲覧・謄写をすることはでき(同法 389 条 4 項)、取締役等へ報告を求める権限も有していることからすれば、これらの与えられた権限を行使せず、漫然と会計帳簿の内容を信頼して、会計帳簿の内容と計算書類の内容を確認しているだけでは、会社に損害が生じた際には、監査役として任務懈怠を問われるリスクが生じることになりかねません。会計帳簿の裏付け資料等の提出を求め、確認することを常に行うよう、中小企業等の監査役に求めているのだとすれば、酷であり、現実的ではありません。この判決の射程次第では、中小企業の実態にはそぐわなくなるように感じます。

なお、本件最高裁判決の被告は、公認会計士及び税理士のため、専門家として監査役の監査の水準が高く判断されたのではないかとの見方もあるかもしれません。しかし、本件最高裁判決の補足意見では、監査役の職務は法定のものである以上、会社と監査役の間において、監査役の責任を荷重する旨の特段の合意が認定される場合でない限り、監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないとされており、専門家であることを理由に、監査の水準が高く判断されたわけではないようです。

中小企業では、親族を監査役に就かせ、または会計監査の知識・経験がなくとも名誉職的に監査役に就いてもらうケースが多いと思われますが、この最高裁判決がある以上、就任するに当たっては適切な監査ができなければ、その責任を問われるリスクがあることは十分に理解しておく必要があります。

[1] 最判令和3年7月19日第二小法廷判決

[2] 東京高裁令和元年8月21日判決

[3] 千葉地裁平成31年2月21日判決

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