日米欧の競争法の潮流(2022年1月28日)
日米欧の競争法の潮流
弁護士 苗村博子
1.ターゲットはGAFAだけではない
世界の競争法の目が,Big Techと言われるGAFA(FacebookがMetaに変わりましたので,今後はガマになるのでしょうか?)に注がれています。日本では,GAFA対応に独禁法ではなく,「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が昨年2月から施行されていますが,米国でも,現行のカルテルの禁止について定めたSharman Actの改正ではなく,自社製品の優遇を禁じる法律やプラットフォームの独占の禁止という形であらたな法案が検討されています。実は、GAFAの事業では、消費者は利便性を享受していて、簡単に競争法違反となりにくいとの指摘があります。ただ、EUでは,TFEU(EU機能条約)102条に定める市場支配的地位の濫用をGAFAに適用し、またGDPR(一般データ保護規則)などの厳しい施行により,GAFAに情報を独占させないという方法で,Big Techのさらなる巨大化を押さえ込む方策が採られてきました。このようにいうとBig Tech以外の企業は関係ないと,若干,経済法への警戒が緩んでいしまいがちです。
しかし,このGAFA対応も含め、世界の競争法は大きく変わりつつあるようです。これまでは、経済の競争を活発にさせることにより、最終的には「消費者」の利益をはかることが経済法の目的でしたが、環境への配慮、労働者の保護などが、経済法の目的に取り込まれつつあります。今回は最近の動きをご紹介しつつ,その大きな潮流を探っていきましょう。
2.EU―縦の制限(Vertical Restraint)と横の協調(Horizontal Coordination)の関係
EUでは,上述のとおり、「市場支配」に大きな関心が寄せられるとともに,域内の単一市場性の確保の観点も含め、合法的な契約関係の中にある違法な条項,いわゆる縦の関係に関する競争阻害に視点がおかれてきました。例えば,実店舗については,EUでは域内で国毎に販売店を置き(Active Sale),他国での販売を禁じることは合法ですが,オンライン販売のように,販売者がサイトを開いて待っていればよい,いわば受動的な立場での売買(Passive Sale)について地域分けがなされると違法となるというような運用です。
ところが,昨年7月,いわゆる横のカルテルについて注目して頂きたい事件が公表されました。ダイムラーグループ,BMWとフォルクスワーゲングループが窒素酸化物の浄化に関する技術開発について,競争法に反する合意をしていたとされたのです。減免を申し立てたダイムラーグループには課徴金は課されませんでしたが,フォルクスワーゲングループは5億ユーロ,BMWが3億7000万ユーロを課されました。SDGsに資する技術については,共同での開発も競争法違反にならないとのEU司法裁判所の判断が出ているものの,その判断基準が曖昧だとして,オランダの競争当局がガイドラインを出そうとしています(2021年1月26日に第2ドラフトが出されて以降の進展はありません)。そのような気運の中で,本件がTFEU101条(1)のカルテルに該当するとされたのは,欧州委員会のウェブサイトによれば,これらの自動車製造会社は,窒素酸化物の浄化に関し,法令で要求される以上に浄化できる技術を開発したものの,法規制の水準までしか浄化しないことを共謀していた,すなわち,SDGsにもっと資することができるのに,これを共謀により,限定したとの理由のようです。技術開発には多分にトライアンドエラーが必要で,その費用も多額に上ることに鑑みれば,より環境によい技術を少ないコストで開発するためには,共同での開発は十分に意味のあるものです。が,共同で開発した技術を用いる段階になって,共同で横並びとすると本件のような問題が出てくる可能性があり,競争者の共同での技術開発には,相応に難しい問題があることを教えてくれる事件となりました。ただ本件で、何か消費者に直ちに損害が発生するかというとそうではありません。法の規制基準を満たしている以上に浄化をするには、そのためのさらなる経費がかかりますから、場合によっては車の値段が上がってしまう可能性があります。それでもかような判断となったのは、EUでは、消費者の利益以上に環境への負荷を減らす不断の努力が重要な価値として認められていることの表れでしょう。かような視点も今後は日本でも重要となってくると思われます。
3.米国―カルテルの摘発だけじゃないー労働市場と反トラスト法
米国は,これまで,Sharman Actの規制する競争者間での共謀によるカルテルを中心に摘発がなされてきました。オバマ政権第1期には、自動車部品業界に吹き荒れたカルテル摘発で苦しい思いをされた日本企業も続発しました。その後第2期ではあまり大きな事件は話題に上らず、トランプ政権下では司法省の反トラスト部局は沈黙を保ちました。そしてバイデン政権になり、大統領は、2021年7月競争促進のための大統領令に署名し、反トラスト法の執行強化の狼煙をあげました。減免申請のため自主申告したいわゆる「リニエンシーの申請者」などからこれまで様々に得た情報をもとに、カルテルの摘発事例が起こってくるものと思われます。ただし、本稿でご紹介したいのは、かような大規模なカルテル捜査とは若干異なる、労働市場に対する反トラスト法の法執行の宣言です。上述の通り、反トラスト法は基本的には消費者の利益を守る法律で、労働者の利益を守るのは労働法というのが一般的な考えです。米国では日本の労働基準法のような労働者保護法制が十分でないからか、雇用者が強いバーゲニングパワーを持つことにより、労働者が対等に労働条件を交渉できないのは、反トラスト法違反だというのです。実はこの考え方は2016年10月オバマ政権の第2期の終わりころに出されたガイドラインを実行に移そうとするものです。ガイドラインは例えば、雇用主同士が労働者の最低賃金を合意して、従業員の転職を妨げるような行為(naked wage-fixing)や、互いに相手の従業員を勧誘しないことを約すること(no poaching agreements)は、カルテルとして、場合によっては、刑事捜査の対象となると述べています。刑事罰の対象とならないとしても民事罰の対象になりうるとし、DOJ(司法省)は、eBayとIntuit、LucasfilmとPixar、それからAdobe, Apple, Google,Intel,Intuit とPixarの3件で、勧誘禁止契約について民事訴訟を起こし、いずれも同意判決で終了したようです。また、2つの有名なファッションショーをプロデュースしている組織がモデルの賃金や雇用条件を低く抑えようとしたことに対してFTC(連邦取引委員会)が民事訴訟を起こし、同意判決により終結したこともガイドラインは述べています。
また雇用主が、従業員に過度の競業避止義務を課すことも反トラスト法違反になるとしています。今後米国子会社における退職従業員への対応において、競業避止義務を課す場合には、専門家の意見を得ることが重要となるでしょう。
4.日本-優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号)の多用
この米国のガイドラインの例をご覧になって、あれ?日本でも似たようなことが・・・と思われた方もいらっしゃると思います。芸能事務所のタレントへの過度の拘束に対し、注意とは言え、公取委が、これが優越的地位の濫用に当たりかねないとしたのには驚きましたが、米国のこのガイドラインにヒントを得ていたのかと合点がいきます。2018年2月に公取委は「人材と競争政策に関する検討会」報告書を発表し、独禁法が、いわば、労働市場の分野にも適用されることを示唆しました。労働法で保護されない、いわゆるフリーランスとして働く人たちは、その契約相手が持つ強大なバーゲニングパワーの前には、契約条件を対等に交渉することなど無理、このパワーは行き過ぎると優越的地位の濫用となるというわけです。まだフリーランス問題で課徴金が課された例はありませんが、優越的地位の濫用には、違反行為の期間中の全売上げの1%という厳しい課徴金額が予定されています(独禁法20条の6)。手厚い労働者保護の対象となる雇用契約を嫌って委託契約にしているというような企業や、大学、病院などもあるかと思いますが、今後は独禁法による処罰があることも念頭に、公平な委託契約にしていくことが重要となります。
以上