改正公益通報者保護法に基づき事業者が行うべき具体的措置(2021年10月27日)
改正公益通報者保護法に基づき事業者が行うべき具体的措置
弁護士 田中 敦
1 はじめに
令和2年6月に成立した公益通報者保護法の改正法(以下、同改正法を「改正公益通報者保護法」といいます。)が令和4年6月1日から施行されるに先立ち、令和3年8月20日、消費者庁は、内部通報への対応のために事業者がとるべき措置に関する指針(以下「本指針」といいます。)[1]を公表しました。本稿では、本指針のポイントをご紹介しつつ、実務上注意すべき点について検討致します。
なお、改正公益通報者保護法の全体像については、Namrun Quarterly Vol.38掲載の倉本武任弁護士による記事(「公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク」)をご参照ください[2]。
2 改正公益通報者保護法による内部通報への体制整備の義務付け
改正公益通報者保護法は、事業者が、通報者の保護を図りつつ内部通報へ適切に対応するために必要な体制を整備するとともに、これに関する業務に従事する者を定めることを義務付けています(改正公益通報者保護法 11 条 1 項、同条 2 項)※3。本指針は、これら規定に基づく措置の内容を具体化するために策定されたものです。
3 本指針のポイント及び注意点
(1) 業務を担当する従業者の定め
本指針第 3 では、事業者に対し、内部通報への対応業務を行い、かつ、当該業務に関して「公益通報者を特定させる事項」を伝えられる者を、業務を担当する従事者として明確化することを義務付けています。従事者として指定された者が、正当な理由なく、公益通報者を特定させる情報を漏らした場合には、刑事罰(30 万円以下の罰金)の対象となるという厳しい規制が設けられたため(改正公益通報者保護法 21 条)、どの範囲の者を従事者として指定すべきかについては重要な検討事項となります。
この点、消費者庁に設置された検討会の報告書[4](以下「検討会報告書」といいます。)で述べられた意見によれば、内部通報への対応業務を主たる職務とする部門の担当者に加え、それ以外の部門の担当者についても、通報内容に応じて業務に関与する必要があれば、その都度従事者として定める必要があるとされます(検討会報告書 20 頁)。そのため、個別の通報への対応にあたっては、まずは通報内容に応じて必要な調査事項を検討し、従事者とする者の範囲を定めることとなります。
従事者が秘匿すべき「公益通報者を特定させる事項」とは、個人情報保護法上の「個人情報」の定義と同様に、他の事項と照合して特定が可能であれば、性別等の一般的属性であっても対象となり得るとされます(検討会報告書 20 頁)。例えば通報者と同じ部署の同僚については、通報者の性別や役職といった情報を知るだけで、通報者が誰であるかを推知できる可能性があり、単に氏名や社員番号といった固有情報のみを秘匿するだけでは足りない場合も想定されます。調査にあたり、調査対象者へどの程度の情報を提供するかについては、十分な注意が必要となります。
従業者として定めるべき者の範囲や「公益通報者を特定させる事項」の内容等については、消費者庁によれば、本指針の解説を策定する上でさらに検討するとされており、今後公表される予定の本指針の解説の内容が注目されます。
(2) 内部通報の受付窓口及びこれに対応する体制の整備
本指針第 4.1 では、事業者に対し、部門横断的に内部通報への対応を行う体制として、受付窓口を設置し、調査や是正措置を行う部署及び責任者を定めることを義務付けています。また、受付窓口等として、外部の専門家(法律事務所等) や親会社を指定することが認められています(検討会報告書 7 頁)。
内部通報がなされた場合、正当な理由[5]がある場合を除き、通報対象事実の調査を行う必要があります。調査の結果、法令違反行為が明らかになった場合には、是正措置を講じることはもちろん、当該措置が適切に機能しているかを確認し、必要に応じて再度の是正を行うことが求められます。これらの全てのプロセスを通じて、通報者を特定させる情報の秘匿が図られなければならないことは、前述のとおりです。
(3) 独立性の確保、利益相反の排除
本指針第 4.1(2)及び同(4)では、経営陣からの独立性を確保しつつ、通報対象事実に関係した者による調査への不当な影響を排除するために、それぞれ必要な措置を講じることが求められています。もっとも、本指針では、具体的な措置の内容は明らかにされていません。
組織的な不正が疑われる場合や、関係者の範囲が不明確である場合には、純粋な事業者内部での対応によっては、独立性の確保や利益相反の排除が難しい場合があります。それらの場合には、早い段階から、弁護士等の専門家に対して調査等を委託するなどし、外部の第三者の関与の上で内部通報へ対応することが有益と考えられます。
(4) 不利益取扱いの防止、通報者に関する情報の保護
本指針は、事業者に対し、内部通報を理由として通報者が不利益な取扱いを受けることを防ぐための措置(本指針第4.2(1))、及び、通報者を特定できる情報の共有範囲を限定しつつ、通報者の探索を防ぐための措置(本指針第 4.2(2))をそれぞれ講じることを義務付けることで、通報者の保護を図っています。本指針では、通報者に対して不利益な取扱いをしたり、通報者を特定できる情報を漏らした者に対しては、それらの者が従事者として定められているか否かにかかわらず、事業者による懲戒処分を含む適切な対処が必要としており、違反行為への厳しい対応を求めています。
本指針に則った運用のために、事業者としては、従業員らに対し、改正公益通報者保護法や本指針の内容を周知することで、違反者に対しては厳しい処罰がなされる可能性があることを予め理解してもらう必要があります。また、懲戒処分については就業規則等の根拠が必要であるため、必要に応じて就業規則の内容を見直すことも重要となります。
4 おわりに
以上のとおり、本指針は、公益通報者の保護のために、事業者に対し相当に高い水準での体制の整備及び運用を求めています。また、今後、消費者庁により、さらに詳細な措置内容を示すための本指針の解説が策定・公表されることが予定 されており、事業者としては、来年 6 月の施行開始までの短期間に、未公表の解 説を踏まえて準備を行う必要があります。本指針が求める高い水準で経営陣からの独立性や通報者の匿名性を確保しつつ、通報にかかる事実関係を適格かつ迅速に調査して、適切な是正措置を講じるには、以前にも増して、外部の専門家と連携することが重要と考えられます。検討会報告書では、外部窓口との連携を前提とした通報者の匿名性確保の措置が提案されています(検討会報告書 9 頁)。本指針を踏まえて、事業者におかれては、改正公益通報者保護法の施行前に、今一度、内部通報に関する社内体制を見直すことが推奨されます。
[1] 正式名称「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」
[2] 同記事については、弁護士法人苗村法律事務所ウェブサイトの「リーガルエッセイ」からもご覧いただけます(https://www.namura-law.jp/legal-essays/)。
[3] 小規模事業者の負担軽減のため、常時使用する労働者の数が300名以下の事業者については、これら義務は努力義務とされます(改正公益通報者保護法11条3項)。
[4] 公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書」(令和3年4月)
[5] 正当な理由の例としては、解決済みの案件である場合、通報者と連絡が取れず事実確認が困難である場合等が挙げられます(検討会報告書9頁)。