HOME>Legal Essays>夫婦の一方の不貞を理由に、第三者に対して離婚慰謝料を問えるかについての最高裁判決(2019年12月20日)

夫婦の一方の不貞を理由に、第三者に対して離婚慰謝料を問えるかについての最高裁判決(2019年12月20日)

弁護士 苗村博子

1.はじめに

今回は少し身近に感じられるかと思われる事案についての判決をご紹介します。結婚していても、配偶者以外の人に心惹かれてしまう人は、皆様の周りにもいらっしゃるかもしれません。そんな二人が男女の関係になってしまった、これを知った配偶者が、離婚をする際に男女関係の相手方に「離婚慰謝料」を請求できるかという問題です。

配偶者の不貞の相手方に対する慰謝料請求は、今、弁護士の業界では一つのトレンドとなっていて、また年々その慰謝料額は高額になってきました。有責配偶者への離婚慰謝料がほぼ一定、何十年連れ添ったご夫婦でもほぼ500万円が最高額というのがこの数十年変わらないのに対し、数十万円だった不貞慰謝料は今や数百万円にまで上がっています。

不貞の相手方への「不貞の慰謝料」と不貞の相手方への「離婚の慰謝料」は、まったく異なるもので、本件で離婚慰謝料が否定されたからといって、不貞の慰謝料を認めないわけではありません。しかし、最高裁がわざわざ、本件で離婚慰謝料を否定したことから、不貞の慰謝料請求にも制限的にするとの影響を及ぼすことが考えられます。実は不貞の慰謝料請求ができるかは、長年論点となってきましたが、裁判所は、一定の範囲でたやすく慰謝料請求を認めてきたのです。

まずは、なぜ原告が、不貞の慰謝料請求をせず、離婚慰謝料を請求したのかなど、本件特有の事実関係を見ながら、不貞の慰謝料、離婚慰謝料について検討していきましょう。

 

2.事案の概要について

本件の原告の妻をAさんと呼ぶことにします。原告とAさんは2子を設けたご夫婦ですが、結婚後12年ほどで夫婦関係がない状態となっていました。被告はそのころAさんと勤務先で知り合い、それから半年後に二人は男女の関係になり、それから約1年後、原告は、Aさんと被告との関係を知ることとなりました。Aさんはそのころ被告との関係を解消して、原告との同居を続けましたが、4年後に2番目の子供さんが大学に入学したことを機に別居しました。原告は、Aさんに対し、「夫婦関係調整の調停」を申し立てましたが、結果別居から10か月後に離婚が成立しました。判決からは明らかではないのですが、夫婦関係調整の調停は、夫婦としてやっていきたいと思う人が申し立てるものですので、原告は、婚姻の継続を望んでいたと思われます。その後、原告は、被告に対して、離婚に至ったのは被告とAさんの不貞行為が原因だとして、被告に対し、500万円近い慰謝料を請求しました。

 

3.第一審、控訴審での論点

第一審は、約200万円の範囲で離婚慰謝料を認め、控訴審もこれを支持しました。

第一審では、被告から、Aさんと不貞行為に至った時点で原告とAさんの婚姻関係が破綻していた、またそうでないとしても、不貞の事実を知ってから4年を経過しており、消滅時効が成立しているとの反論がなされました。裁判所は、不貞が始まった時点で原告とAさんは同居し、家計を同一にしていたこと、結婚から数年間はAさんから離婚を申し出ることはあったが、不貞が始まった当時はそのような申立てはなかったとしてまず、婚姻関係が破綻していたとの反論を退けました。また消滅時効については、原告が請求していた、探偵を使った調査費用については、その支出から3年以上経過しているとして消滅時効の抗弁を認めましたが、離婚慰謝料そのものについては、離婚が成立するまで、時効は進行しないとして、時効消滅をみとめず、離婚原因を被告とAさんの不貞行為にあるとして、原告の精神的苦痛に対して約180万円と弁護士費用18万円を認めました。第一審、控訴審ともに、時効の起算点はともかくとして、「不貞の慰謝料」と「離婚慰謝料」を一連のものとして、第三者である被告に離婚慰謝料の支払いを命じたものといえます。

 

4.最高裁の判断

本件で、最高裁は「夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来当該夫婦の間で決められるべき事柄である」として第一審、控訴審とは異なり、離婚と不貞行為の間に直接の関係を認めず、「夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはない」とし、第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られる」として、本件では、不貞行為の発覚のころにその関係が解消され、離婚成立までに特段の事情があったとは認められないとして原告の請求を認めませんでした。

 

5.最高裁判例からくみ取れること

最高裁は、離婚というのは当事者間で決められるもので、不貞の相手方は、第三者であると基本的には離婚慰謝料を認めませんでした。判例評釈では、これまで第三者に離婚慰謝料が認められたのは、夫両親の嫁いびりの特殊な案件のみとされており※1、本件は、不貞の相手方もこのような案件と、第三者であるという点では変わりないと判断したのだろうと指摘しているように思えます。そして本件では、不貞発覚、不貞関係終了から3年以上婚姻が継続されたうえでの離婚であり、不貞と離婚との関係が薄れていたという事情、不貞の慰謝料は、探偵費用に見られるようにすでに時効消滅しており、原告としては離婚慰謝料という形をとらざるを得なかったことに特徴があります。これだけですと、離婚において第三者が責任を問われることはまずないというだけでさして目新しさは感じられません。

しかし、第一審、原審は、不貞の慰謝料と、離婚の慰謝料をほぼ同一視していることから考えると、最高裁は、この不貞の慰謝料請求にも安易な適用を避けるべきとのメッセージを込めたようにも思えます。

冒頭でも述べましたが、実は不貞の慰謝料を認めるべきかについては、裁判所は最高裁も含め、これまでは、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」が侵害されているのだとして、基本的には不貞の相手方への「不貞の慰謝料」の請求を認めてきているのです。

例外は、すでに婚姻関係が破綻していた状態で不貞関係に至った場合※2や、権利濫用と考えられる場合で、このような場合には、これを否定する最高裁判例も奇しくも同じ日に出されています※3。また、婚姻生活の平穏に支障をきたさないとの理由で、クラブのママとの性交渉については、長期に亘るものであって、相手方配偶者が精神的な損害を被っていたとしても不法行為にならないとする判例※4なども考えますと、不貞慰謝料が認められるのは、不貞関係に至った当時、婚姻関係が継続していて、不貞をきっかけに婚姻関係が破綻し、かつ相手方配偶者が不貞関係を知った時から3年以内といった場合に限られることになるのかもしれません。学説には、配偶者以外の人と性関係をもつかどうかも、自らの判断で行った配偶者自身が貞操義務違反の責任を負うのが筋だとして、相手方の不法行為責任を否定する考え方もあります※5

婚姻に伴う貞操義務自体は、今後も認められ、有責配偶者が相手方配偶者に対して、慰謝料を支払うべきという考えは今後も大きく変わることはないでしょうが、不貞の相手方への慰謝料は、制限されていくことになるように思われます。

以上

※1  判例タイムズ146号30頁

※2  最判平成8年3月26日(民集23巻10号1896頁)

※3  最判平成8年3月26日(家月48巻12号39頁)

※4  東京地裁平成26年4月14日判決

※5  二宮周平「妻の不貞行為の相手方の不法行為責任」判例タイムズ1060号112頁

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