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日本の裁判所で外国特許権に基づく差止紛争?!(2007年11月6日)

日本の裁判所で外国特許権に基づく差止紛争?!
弁護士 渡辺惺之

日本企業X社と同じく日本企業Y社との間に、Y社の外国における製品頒布がXの当該外国特許権の侵害に当たるとして、X社がY社若しくはその取引先に警告状を発送するなどしY社の外国における頒布行為の差止めのおそれが生じている場合、Y社側から、Xに対して差止請求権の不存在確認を、日本の裁判所に訴えることができるであろうか。

答えはY社ESである。大阪地判平成19年3月29日(平成18年(ワ)第6264号、最高裁HPで公開)は正にこのタイプの事件に関する注目すべき判例である。

グローバル化する知財紛争の中でこれまで余り考えられてこなかったようなタイプの訴訟が提起されようになっている。このような国際知財紛争に関する訴訟を考える際に、重要な基本判例となっているのは、カードリーダー事件最高裁判例(最高裁判例平成 14 年 9 月 26 日判例タイムズ 1107号 80 頁)である。

カードリーダー事件は、日本在住の米国特許権者が、同一発明について日本その他の国の特許権を有する被告日本会社に、米国特許権侵害を理由として損害賠償請求及び日本国内での侵害製品の製造差止などを請求した事件である。最高裁は日本の裁判管轄については特に理由判示はせずに認めた。その上で、本案については、損害賠償請求については不法行為として準拠法を米国法とし、又、差止請求については特許権の効力の問題として米国特許法を準拠法としながら、いずれの請求についても棄却した。この判例については多くの判例評釈や解説が公刊されている。各評釈は、見解に違いはあるが、損害賠償請求を棄却した点を除けば、大方は判決の結論に賛成している。日本に裁判管轄を認めた点についても広く支持されている。外国特許権に基づく差止裁判について、カードリーダー最高裁判例から外国特許権に基づく差止請求について導かれるのは、(1)侵害訴訟は外国特許に関する事件であっても、被告の住所が日本にあれば裁判管轄が肯定されるという点、及び、(2)差止の許否の判断の準拠法は当該の特許権登録国法であるという点である。

カードリーダー事件の場合、外国特許権に基づく差止請求の対象は、日本における侵害製品の製造行為であったが、外国における製品頒布の差止請求権がないことの確認を求めた先例として、コーラル事件判例(東京地判平成15年10月16日判例タイムズ1151号109頁)がある。

コーラル事件は、原告日本企業X社がサンゴ砂から製造した健康サプリメントを米国に輸出販売していたところ、同じく日本企業である被告Y社が、その頒布が自社の米国特許の侵害に当たるとして、X社の取引先に警告書を送付したという事例であった。Xが、X製品はY社の米国特許と抵触せず、Y社の警告書の送付行為は不正競争行為として、その差止めを求めるのと併せて、Xの米国での製品頒布に対する差止請求権が不存在の確認を請求した。判決は、日本の国際裁判管轄に関しては、カードリーダー判例に従い、日本国内に被告の住所が所在することを挙げて肯定した。又、差止請求権不存在確認については、米国特許法を準拠法として、X製品のY社特許権侵害性を否定し、差止請求不存在を認容した。確認の利益について、Y社主張の日本の裁判所による不存在確認の米国内での実効性についても外国判決承認の可能性を指摘し、原則的に確認の利益を肯定した。これらの論点に関する限り、確認の利益についての判断を除けば、コーラル判決はカードリーダー判例から予測できる判断であり、カードリーダー最高裁判例の射程内にあるといえる。冒頭に掲げた設問に対する答えがY社ESであることは、この判例からも明らかである。

初めに紹介した大阪地裁判例は、同じく外国での製品頒布に対する差止請求権不存在確認事例であるが、事件内容はかなり異なり、注目すべき論点を含む。事件は、日本企業間で、先に日本の裁判所で当事者間に成立した裁判上の和解による、「計量はかり」に関連した特許権に関する外国特許権をも含めた国際的なクロスライセンス契約があって、原告A社は問題のヨーロッパ(英国)特許権はこのライセンスの範囲内と主張したのに対し、被告B社は和解の範囲外と争った事例である。B社は英国でA社の取引先を相手取りヨーロッパ(英国)特許権の侵害であるとして頒布差止請求訴訟を提起している。大阪地裁の判決は、先ず日本の国際裁判管轄を肯定し、本案に関してはライセンス契約の範囲外と認め、差止請求権不存在確認を棄却した。

外国特許権に基づく差止紛争であっても、被告の住所が日本に所在する場合には、国際裁判管轄を肯定できることは、カードリーダー判例から明らかである。この大阪地裁判例で興味深いのは、当事者AB間でヨーロッパ(英国)特許権の有効無効に関しては主張しないという訴訟契約が交わされていたことである。裁判所は、特許権の登録国である英国に、特許権の有効性に関する争いをも含めた原則的な裁判管轄があることを前提として、英国で既に係属している別件訴訟における英国特許権の無効判断の帰趨を意識し、慎重な対応をしたように思われる。

一連の判例で注目されるのは、差止請求権不存在確認という消極的確認請求に関する確認の利益判断が、柔軟に解されている点である。一般に消極的確認請求の場合、確認の利益は、積極的確認と比して厳格に判断すべきであると教科書類では説かれている。しかし、知財関連の差止事件では、むしろ差止を命じる必要性があるかが大きな問題である。しかし、差止請求不存在確認訴訟では、請求棄却の場合でも、差止請求権の存在を確定はするが執行力を欠く。知的財産権に基づく差止紛争の解決形態としては、差止請求という給付請求に比してマイルドな形態と考えることもできる。恐らくそこからコーラル事件でも、外国特許権に基づく差止請求不存在確認について確認の利益を原則的に肯定する判断がなされ、大阪地判の場合にも、英国内でにおける差止請求権の存否を、特許権の登録国ではない日本で確定する利益を肯定したと考えられる。

この大阪地裁判例は、この他にも、国際的なクロスライセンス契約の解釈、信義則に基づく判断に際しての準拠法など、興味深い論点を含むもので、今後の国際的な知財訴訟について示唆に富んだ注目すべき判例といえる。

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