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M&Aにおける表明保証条項の法的意義(2011年5月18日)[2023年1月 近年の動向と令和以降の各裁判例の概要を追記]

M&Aにおける 表明保証条項の法的意義

[2023年1月 近年の動向と令和以降の各裁判例の概要を追記]

 

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

第0 2023年の追補
 眠れる日本といわれた平成期、各企業は、それでもM&A等も取り入れて、選択と集中の努力を重ねてきた。M&Aの手法も英米でなされているデューディリジェンス(DD)等の精度を増し、また契約条項も、売り手はなるべく表明保証条項に、「知る限り」とか、せめて「最大限知る限り」と限定しようとし、買い手は、表明保証条項になるべくこのような前提を付さず、さらにDD資料に表明保証違反を示すような資料があった、またインタビューなども行ったとしても、それが表明保証違反に対する補償請求権に影響を及ぼさないとする条項(プロ・サンドバッグ条項)を付加したいと考え、交渉時には攻防が繰り広げられたであろう。しかし、すべてのM&Aがウィンウィンに終わるわけではなく、その後発覚する表明保証違反について、売り手と買い手の妥協が図れず、訴訟になったものも相当数に上り、令和になってからでも10件近い判決が出されている。
 その中で相応に重要と思われる6件を添付の表にまとめた。地裁判例しかないため、これが先例だとは言えないものの、2011年に紹介した以下の判例が、いわばデファクトスタンダードして機能していて、上述の契約条項があるか否かにかかわらず、裁判所は、表明保証違反を主張する当事者が善意・無重過失の場合には、補償を認めている。表の6番目の東京地裁2020年10月26日判決は、その補償額の算定方法がDCF法でよいと述べていて参考になる。
 アメリカのNY州でも似たような判例が並び、善意・無重過失であれば、買い手は補償請求できるが、売り手の表明保証違反を知っていたはずといえる場合には、補償請求できない。
 だからといって契約条項をおろそかにしていいとかDDをいい加減なものにした方がむしろ得ということではない。裁判には多額のコストと労力がかかる(ただ認められている額を見ると訴訟に踏み切るべき場合も相当数あると思われるが)。
 この後の第1以降は2011年の執筆であるが、その内容は今も活用いただけるものと考えている。

 リンク「M&Aの表明保証違反に関する裁判例」

 

第1 表明保証条項とは?

M&A の際の、事業譲渡契約、株式譲渡契約など、一定の時点における契約当事者や目的物の内容等について、表明保証する条項が設けられる事が多い。表明保証とは、一定の時点における契約当事者に関する事実や契約目的物の内容等に関する事実について、当該事実が真実かつ正確である旨を、一方当事者が他方当事者に対して表明し、かつその内容を保証するものである※ 1。
英米法では、Representations and Warrantiesと言われ、免責条項(Indemnity Clause)とセットで、表明保証した事項が誤っている際に、それを信じた相手方に生じた損害を補償することとなっているが、日本法上その法的意義、効力については、確たるものがない。
しかし、M&A や欧米流のプロジェクトファイナンスの浸透に従い、表明保証条項の法的効力が争いになった裁判例も出てきた。これらの裁判例を通して、その法的意義を検討する。

第2 近時の表明保証に関する裁判例の概要

① 東京地裁平成18 年1月17 日判決

〔事実関係〕

X が、Y1 ~ Y3 との間で、監査法人に委任してデューディリジェンス(DD)を実施した後、Y らが保有する消費者金融会社全株式を約2 ヶ月前の時点の貸借対照表に基づく財務状況から評価された株価で買い取るとの株式の譲渡契約を締結した。その後A が評価時前の期において赤字決算回避のため、元本に充当していた和解債権について、利息へ充当したことにして、元本につき貸倒引当金の不計上が判明した。
X は、本件株式譲渡契約におけるAの財務諸表及び貸出債権の残高が完全且つ正確だとの各表明保証条項に違反を理由に、不当に資産計上された利息充当額の損害金を求め、訴えを提起した。

〔判旨〕 判決は、本件和解債権処理に関して、表明保証条項違反を認め、損害賠償請求を認容した。本判決は、「XがY らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることがX の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、Y らは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべきである。」とも判示しながら、本件では、DD は買主の権利であって義務ではなく、買収交渉の限られた期間に行われること、和解債権の精査方法について特段の問題がなく、A の作成した財務諸表等が会計原則に従って処理がされていることを前提としてDDを行ったことは通常の処理であって、それ自体は特段非難に値しないとして、重過失を認めなかった。

②東京地裁平成19 年7 月26 日判決

〔事実関係〕

X は、Y1 から、飲食店の経営等を行うY1 の子会社A に関する業務提携やM&A による買収を持ちかけられて交渉の後、Y ら(Y1 ~ Y3)との間でA の株式譲渡に係る基本契約を締結した。
X は、A の資産は、契約前のY らの説明よりはるかに価値の低いものであり、原告が合計3 億円あまりの損害を被ったとして、Y らに損害賠償請求を求め、出訴した。

〔判旨〕 判決は、本件が企業買収に関することを理由に、表明保証条項は、「企業買収に応じるかどうか、あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について、重大な相違や誤りがないことを保証したもので、」免責条項は、その保証に違反があった場合に損害補償に応じる旨を定めたものであると解するべきであり、財務諸表の内容が「重要な」点において正確であることを、同条〔6〕が「重大な」不利益が存在しないこと、「重要な事項」について記載が欠けていないことを、それぞれ保証する旨を定めているものと解されると判示した上で、Aの一店舗の中途退去に伴う違約金について、Y2 は賃貸人として、違約金発生を十分判断できたはずで、違約金が発生しないとX に説明した上で、後に違約金があるとするのは、真実保証に反するとし、Yらが中途解約による違約金の存在を説明しなかったのは説明義務違反だとして、損害賠償の一部を認容した。

③東京地裁平成19 年9 月27 日判決

〔事実関係〕

X はY1 と、資本提携に関する基本合意し、翌月に業務提携に関する基本合意を締結した(両者を併せて、「本件各提携契約」という)。
本件各提携契約に基づき、Y1 は、新株発行の第三者割当により、X の株式のうち、発行済株式総数の51%を有するに至った。翌年Y2 は、証券取引法違反で逮捕され、Y1 は上場廃止になった。X は、Y らの行為により、16 億円の損害を被ったとして、Y1 社・Y2 らに対しては、損害賠償請求を求め、出訴した。

〔判旨〕 判決は、企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であり、私的自治の原則が適用され、「特段の事情」がない限り、上記の原則を修正して相手方当事者に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした。そして、「特段の事情」の有無について、本件資本提携契約の契約書7 条は、X の表明保証責任の内容が財務状況を含めた多数の項目にわたり定められているのに対し、Y1 の表明保証責任の内容はわずか3項目にすぎず、かつ、財務状況における表明保証責任は定められていないことが認められる、X とY1 とは、本件資本提携契約について、Y1 の財務状況を買収対象会社であるX に対し表明保証する必要がないと理解していたものと認定するのが相当であって、本件資本提携契約を承認した原告取締役会の審議においても、Y1 の財務状況を問題とした質疑等は見当たらないことからも裏付けることができるとして、『特段の事情』を認めず、損害賠償責任を否定した。

④東京地裁平成22 年3 月8 日判決

〔事実関係〕

X が、被告Y ら(Y1 ~ Y8)との間でY らから被告A の発行済株式すべてを譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結した。そして、譲渡代金の一部を支払った。
X は、Y らが上記株式譲渡契約における株価算定と企業価値についての重要な点についての虚偽がないことの表明保証条項に違反していたため、上記株式譲渡契約を解除した旨主張して、Y らに対し、支払済みの譲渡代金約6 億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め出訴した。さらに、Xは、A に対し、X からY1 ~ Y4 に、それぞれA の株主名簿の名義を戻すよう求め、出訴した。

〔判旨〕 本判決は、本件株式譲渡契約の解除権(解除原因)の有無について、その認定事実を踏まえ、Xの表明保証違反の主張について子細な検討を加えた結果、本件株価算定書の重要な点に虚偽があった旨及びA の財務状況に悪影響を及ぼす重要な事実が生じた旨のXの主張はいずれも採用できないとして、解除権(解除原因)を前提とするXの本訴請求は、いずれも理由がないとして、これを棄却した。

第3 ①~④の裁判例から読み取れる表明保証条項の法的意義

以上の裁判例を踏まえると、M&A において、表明保証条項を設けた場合、基本的に、条項どおりの法的効果が認められ、これに違反する場合には債務不履行として民法415 条が適用されている。ただし、中には、買主側の事例であるが、ある事項に関し、表明保証条項がなかったこと等を理由として、表明保証条項に記載のない事項については、責任を負わない趣旨であると判断するものがある(③)。
以上からすれば、表明保証条項が、売手に責任の内容を特定する機能を有しているといえよう。買手の側としては、売手に責任を負わすべき事項すべてについてできるだけ詳細に表明保証条項を設ける必要がある。
裁判例の中には、企業買収の特殊性や公平の見地を理由に、表明保証条項が限定的に解釈されたり、表明保証条項違反の不知について重過失があれば表明保証責任が免責されると判断しているものがある(①、②)。表明保証条項は、できるだけ解釈の余地のないように、一義的な文言で条項を作成することが必要である。また、表明保証条項の対象となった事項について一応のDDを実施し、表明保証条項の前提となっている事実や計算書類について、調査をすることも必要であるといえよう。

※1  江平亨「表明・保証の意義と瑕疵担保責任との関係」弥永真生ほか編・現在企業法・金融法の課題82貢

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