~北朝鮮の著作物と法的保護~(2009年4月23日)
著作権法の保護の対象とならない著作物と不法行為の成立
~北朝鮮の著作物と法的保護~
-知的財産高等裁判所の判断の流れ- 知財高裁平成20年12月24日判決を例にして
I. はじめに
今回は、「北朝鮮の著作物と法的保護」というあまり皆様に関わりのないことかと思われる問題を扱った判例を取り上げました。ただ、この判例は、著作権法の保護の対象とならない著作物であっても、それを無断で利用すれば、著作権侵害にはならなくても不法行為が成立し得るとする点で著作物利用の基本に関わることを判示している判例ですので、以下にご紹介させて頂きます。(i)
II. 事案の概要
日本の放送事業者(以下、「Y」といいます。)は、北朝鮮の国民が著作者である映画(以下、「本件北朝鮮映画」といいます。)を、その放送にかかるニュース番組で使用しました。
北朝鮮の文化省傘下の行政機関(以下、「X1」といいます。)は、本件北朝鮮映画の著作権を有していると主張し、また、日本の有限会社(以下、「X2」といいます。)は、X1より本件北朝鮮映画の日本国内における独占的な上映、複製、及び頒布の許諾を受けています。
そこで、X1は、Yに対して、本件北朝鮮映画の放映の差し止めを、また、X1とX2は、Yに対して、X1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償を求め、東京地方裁判所(以下、「第1審」といいます。)に訴えを提起しました。これらの請求に対して、Yは、本件北朝鮮映画は日本が条約(ii)により保護の義務を負う著作物(著作権法6条3号)に当たらない等と主張し、反論しました。
第1審では、本件北朝鮮映画が、日本の著作権法による保護を受けるかが主な争点として争われ、判決は、日本は日本が未承認の国としている北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負担せず、本件北朝鮮映画が、著作権法6条3号にいう、「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とは言えないこと等を理由とし、X1及びX2の請求を全て棄却しました(東京地判平成19年2月14日)。
この判決に対して、X1及びX2は、知財高裁に控訴し、第1審の判決の取り消し、著作権に基づく差止請求、並びにX1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由とする損害賠償請求を求めると共に、仮に本件北朝鮮映画が日本の著作権法の保護を受ける著作権に当たらないとしても、Yが同映画の一部をX1及びX2の許諾を得ることなく放映した行為が、X1及びX2が同映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たる旨主張して、民法709条に基づく損害賠償請求を予備的に追加しました。
III. 判旨
知財高裁は、まず、第1審から主張されているX1の差止請求、及びX1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由とする損害賠償請求について、いずれも理由がないものとして棄却しました。
しかし、X1及びX2が予備的に追加した民法709条に基づく損害賠償請求について、知財高裁は、「著作物は人の精神的な創作物であり、多種多様なものが含まれるが、中にはその制作に相当の費用、労力、時間を要し、それ自体客観的な価値を有し、経済的な利用により収益を挙げ得るものもあることからすれば、著作権法の保護の対象とならない著作物については、一切の法的保護を受けないと解することは相当ではなく、利用された著作物の客観的な価値や経済的な利用価値、その利用目的及び態様並びに利用行為の及ぼす影響等の諸事情を総合的に考慮して、当該利用行為が社会的相当性を欠くものと評価されるときは、不法行為法上違法とされる場合があると解するのが相当である」と判示し、著作権法の保護の対象とならない著作物の利用に対して不法行為が成立する余地を認めました。
そして、知財高裁は、本件北朝鮮映画が、上映時間を約1時間17分間とする劇映画であり、その内容等に照らし、相当の資金、労力、時間をかけて創作されたものといえること等から、著作物それ自体として客観的な価値を有するものであると認定し、X2については、本件北朝鮮映画の日本における利用について独占的な管理支配をし得る地位を得ていたことを認め、同地位に基づいて本件北朝鮮映画を利用することにより享受する利益は、法律上保護に値するものと認めるのが相当と判断しました。
しかし、これとは反対に、X1については、本件北朝鮮映画の日本国内における利用をX2に委ね、自らは利用に関する権利を行使しないことを約していたこと等を理由として、本件北朝鮮映画の日本国内における利用について法律上保護に値する利益を有するものとは認められない旨判断しました。
そして、知財高裁は、Yの本件北朝鮮映画の無許諾による放映は、社会的相当性を欠いた行為であるとの評価を免れず、同無許諾による放映は、X2が本件北朝鮮映画の利用により享受する利益を違法に侵害する行為に当たると認めるのが相当であると結論づけました。
IV. 知財高裁の判断の流れとまとめ
知財高裁は、「法的保護に値する利益」が、著作権法の保護を受けないものであり、かつその利用が不正競争防止法上の「不正競争」(不正競争防止法1項2条各号)に該当しない場合でも、不法行為の一般条項たる民法709条に基づき、同利益を保護することについて、これまで積極に解する判断を示してきています。例えば、平成17年10月6日判決では、インターネットにて配信されるニュースの見出しを作成者に無断で使用した事案について、当該見出しが多大の労力、費用をかけた報道機関としての一連の活動が結実したものであること等を理由として、著作権法による保護の下にあるとまでは認められないものの、「法的保護に値する利益」となりうる旨判断し、当該使用に対して不法行為(民法709条)の成立を認めています。また、その後の平成18年3月15日においても、知財高裁は、弁護士が執筆した法律問題に関する文献に極めて類似する文献の発行行為に対して、著作権侵害の成立を認めないと判断しながらも、「執筆者は自らの執筆にかかる文献の発行・頒布により経済的利益を受けるものであって、同利益は法的保護に値するもの」と認め、やはり不法行為の成立を認めました。
このように著作権法や不正競争防止法では保護し得ない客観的な価値を有する利益を一般条項たる民法709条により保護すること自体については、一般に受け入れられている価値判断ではないかと考えられます。しかし、一方で一般条項による「著作権法及び不正競争防止法では保護し得ない法的利益」とはどの範囲を言うのか、また、その法的利益のいかなる利用が「社会的相当性を欠く」行為となるのか等、民法709条の適用の事前の判断を困難とする面があるのも否めない事実でしょう。
今回紹介した知財高裁の判断は、我が国が承認しない国の著作物の利用に対する法的保護という観点からは一つの新しい先例ではありますが、著作権法の保護の対象とならない著作物と不法行為の成立という観点からは、これまでの知財高裁の判例の流れの中の一つと位置づけられるものです。知財管理の現場では、例えばある情報が著作権法で保護される著作物に該当せず、又はある情報の利用が著作権を侵害しない利用であり、かつ当該情報の利用が不正競争防止法上の「不正競争」に該当しないものであった場合、法的に問題がないものと判断してしまうのではないでしょうか。しかし、今回紹介した判例を含め、近時の知財高裁の一連の判例からは、そのような判断だけでは足りず、さらに、当該利用について不法行為が成立する余地を検討することが求めることもありますので、注意が必要です。
以 上
(i)知財高裁は、同日付で同一の控訴人による2つの控訴(日本テレビ放送網株式会社と、株式会社フジテレビジョンに対する控訴)に対して判決を下していますが、今回ご紹介するのは、日本テレビ放送網株式会社を被告とする判断です。
(ii)北朝鮮は、2003年に、「文化的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下、「ベルヌ条約」といいます。)」に加入し、同条約の効力が発生しています。しかし、日本は、国際法上北朝鮮を国家として承認していません。