馳名商標~中国における著名商標の保護~(2011年5月18日)
馳名商標~中国における著名商標の保護~
弁護士 中島康平
第1 はじめに
中国市場には世界各国から多くの企業が進出しており、中国におけるブランド保護の重要性はますます高まっています。著名商標の保護に関する制度は各国にありますが、今回は、中国の馳名商標制度をご紹介します。
第2 馳名商標の意義
中国では、中華人民共和国商標法※ 1(以下「商標法」といいます)に基づき、国家工商行政管理総局商標局(以下「商標局」といいます)が全国の商標登録及び管理業務を主管しており(商標法2 条1 項)、商標局の審査を経て登録された商標を登録商標といい、商標登録者が商標専用権を有します(商標法3 条1 項)。
商標登録を経ていない限り商標法による保護を受けられないのが原則ですが、馳名商標の場合、商標登録がされていなくても、一定の法的保護を受けることができます。
すなわち、同一又は類似の商品について出願した商標が、中国で未登録の馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ馳名商標と容易に混同を生じさせる場合には、その登録と使用が禁止されます(商標法13 条1 項)。
また、馳名商標が既に商標登録されているときは、同一又は類似でない商品について出願した商標が、中国で登録されている馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ公衆を誤認させ、馳名商標権者の利益に損害を与えるおそれがある場合には、その登録と使用が禁止されており(商標法13 条2 項)、登録済みの馳名商標に関しては、同一又は類似の商品・役務の範囲を超えて、保護が図られています。
そして、商標法13 条の規定に違反して登録された商標に対して、商標所有者又は利害関係人は、登録日から5 年以内に商標評審委員会※ 2 に取消裁定を請求することができ、また、悪意による登録の場合は5 年の期間制限を受けません(商標法41 条2 項)。
さらに、商標所有者は、他人がその馳名商標を企業名称として登記し、公衆を欺き又は公衆に誤解を与えるおそれがあると認めるときは、企業名称登記主管機関に対して当該企業名称登記の抹消を請求することができます(商標法実施条例53 条等)。
第3 馳名商標の認定
1 行政による認定
馳名商標の認定に関しては、特別な手続があるわけではなく、個々の審理の中で認定・判断されることになります。
この点、商標登録、商標審査の過程において紛争が生じた場合、関係当事者は、商標局又は商標評審委員会に対して、馳名商標の認定、商標法13 条に違反する商標登録出願の拒絶、又は商標法13 条に違反する商標登録の取消しを請求することができるとされています(商標法実施条例5 条1 項)。
国家工商行政管理総局「馳名商標の認定と保護に関する規定」(以下「馳名商標規定」といいます)では、馳名商標は「中国において関連公衆に広く認知され、比較的高い名声を有する商標」と定義されています(馳名商標規定2 条1項)。すなわち、馳名商標として認定を受けるには中国における著名性が要求されています。
商標法14 条は、馳名商標の認定の際に考慮すべき要素として、①関連公衆の当該商標に対する認知度、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲、④当該商標の馳名商標としての保護記録、⑤当該商標の馳名性を基礎づけるその他の要素を挙げています。
そして、 馳名商標規定3 条は、馳名商標であることを証明する証拠資料として、①関連公衆の当該商標に対する認知度を証明する関係資料、②当該商標の使用継続期間を証明する関係資料(商標の使用、登録の経緯及び範囲に関する資料が含まれます)、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲を証明する関係資料(広告宣伝と販促活動の方法、地理的範囲、広告メディアの種類及び広告投入量等に関する資料が含まれます)、④当該商標が馳名商標として保護された記録を証明する関係資料(当該商標が中国又はその他の国及び地域において馳名商標として保護を受けたことに関する資料が含まれます)、⑤当該商標が馳名であることを証明するその他の証拠資料(当該商標が使用された主要な商品の直近3 年間の生産量、販売量、販売額、利益及び販売地域等に関する資料が含まれます)を挙げています。
2 司法による認定
商標局や商標評審委員会だけでなく、日本の裁判所に相当する人民法院も馳名商標を認定する権限を有しています。
最高人民法院「馳名商標保護に関連する民事紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「馳名商標司法解釈」といいます)では、馳名商標は「中国国内で関連公衆に広く認知されている商標」と定義されています(馳名商標司法解釈1 条)。馳名商標規定と若干表現は異なっていますが、同じく中国国内において著名であることが要求されています。
また、当事者が、商標が馳名であると主張する場合に提出すべき証拠として、①当該商標を使用した商品の市場シェア、販売区域、利益・税金等、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝・販促活動の方法、継続期間、程度、投入資金額、地域範囲、④当該商標が馳名商標として保護を受けた記録、⑤当該商標が有する市場名声、⑥当該商標が既に馳名であることを証明するその他の事実に関する各証拠が挙げられています(馳名商標司法解釈5 条1 項)。
したがって、馳名商標の認定を求める場合には、商標法14 条、馳名商標規定及び馳名商標司法解釈における分類を参考にして中国における当該商標の使用状況・宣伝状況等の事実関係を整理して主張立証していくことが重要であると考えます。
第4 馳名商標認定の影響
馳名商標の認定は、個別案件の中で行われ、その案件でのみ有効であるのが原則です。
ただし、商標局及び商標評審委員会では、受理した事件が、馳名商標として保護を受けた事件の保護範囲と基本的に同一であって、かつ相手当事者が当該商標の馳名性について異議がない場合、又は異議があっても当該商標が馳名ではない証拠を提出することができない場合には、事件を受理した工商行政管理部門は当該保護記録の結論に基づいて、裁定・処理をすることができます(馳名商標規定12条2 項)。
また、人民法院でも、提訴された商標権侵害又は不正競争行為の発生前に、人民法院又は工商行政管理部門によって馳名商標であると認定され、当該商標が馳名であることに対し被告に異議がない場合、人民法院は当該商標を馳名であると認定しなければならないとされています(馳名商標司法解釈7 条)。
第5 外国著名商標の保護
前記第3 のとおり、馳名商標として認定を受けるためには、中国において著名性を獲得していることが要求されるため、外国において著名な商標であっても、中国で著名でない商標は、中国では馳名商標として保護されず、第三者が中国で商標登録出願した場合には登録を受けることがあり得ます。やはり、事前の対策として、適時に中国における商標出願・登録を行うことが重要です※ 3。
なお、日本であれば、外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするものについては商標登録を受けることができないとされています(日本商標法4 条1 項19 号)。
============================
※1 商標法は1982年に制定され,1993年と2001年に改正が行われています。現在3度目の改正作業が行われています。
※2 国家工商行政管理総局に設置された商標紛争事案の処理を担当する機関です(商標法2条2項)。
※3 中国における冒認出願に関しては,ジェトロ北京センター知的財産権部「中国商標権冒認出願対策マニュアル2009 年改訂増補版」(2009年3月)において詳細な検討がされています。