譲渡禁止特約付債権の譲渡人による譲渡無効の主張の可否(2010年2月26日)
譲渡禁止特約付債権の譲渡人による譲渡無効の主張の可否
弁護士 中島 康平
【はじめに】
今回は、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否が問題となった最高裁平成 21 年 3 月 27 日第二小法廷判決民集 63 巻 3 号 449 頁をご紹介します。
【事案の概要と争点】
X(平成 16 年 12 月 27 日に解散し、平成 17 年 3 月 25 日に特別清算開始決定を受けた清算株式会社)は、Aとの間で工事請負契約を締結し、Aに対し、出来形部分の未精算債権及び遅延損害金債権(以下「本件債権」といいます)を有していたところ、本件債権にはXとAの間の工事発注基本契約書及び工事発注基本契約約款によって譲渡禁止特約が付されていました。
Xは、平成 14 年 12 月 2 日、Y 1 並びにY 2 (以下併せて「Yら」といいます)との間で、Y 2 がXに対して現在及び将来に有する貸付金債権等並びにそれを保証するY 1 がXに対して現在及び将来取得する求償債権を担保するために債権譲渡担保契約を締結し、XがAとの間で取得する工事代金債権(本件債権を含む)をYらに譲渡しました(以下「本件債権譲渡」といいます)。
その後、Xの解散・特別清算開始決定に前後して、Aが債権者不確知を供託原因として本件債権の債権額に相当する金員を供託したため、XがYらに対して本件債権譲渡が譲渡禁止特約に反して無効であるとして供託金の還付請求権を有することの確認を求める本訴請求を、YらがXに対して本件債権譲渡が有効であるとして供託金の還付請求権を有する確認を求める反訴請求をそれぞれ提起しました。
本件では、本件債権譲渡についてAの承諾があったか、Aの承諾を誤信したYらに民法 466 条 2 項ただし書が類推適用されるか、Xによる譲渡無効の主張が禁反言の法理に反し信義則違反にあたるかなどが争点となりましたが、第 1 審及び原審が、債務者であるAの承諾がない以上本件債権譲渡は譲渡禁止特約に反して無効であるなどとして、Xの本訴請求を認容しYらの反訴請求を棄却したため、Y 1 が上告受理を申立てました。
最高裁では、上記争点のうちXによる譲渡無効の主張の可否ついての判断が示されました。
【判旨】
(原判決破棄、第 1 審判決取消、本訴請求棄却、反訴請求認容) 民法は、原則として債権の譲渡性を認め(466 条 1 項)、当事者が反対の意思を表示した場合にはこれを認めない旨定めている(同条 2 項本文)ところ、債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は、債務者の利益を保護するために付されるものと解される。そうすると、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、Xは、自ら譲渡禁止の特約に反して本件債権を譲渡した債権者であり、債務者であるAは、本件債権譲渡の無効を主張することなく債権者不確知を理由として本件債権の債権額に相当する金員を供託しているというのである。そうすると、Xには譲渡禁止の特約の存在を理由とする本件債権譲渡の無効を主張する独自の利益はなく、前記特段の事情の存在もうかがわれないから、Xが上記無効を主張することは許されないものというべきである。
【検討】
1 譲渡禁止特約の機能
債権の譲渡については、その自由譲渡性が原則として承認されていますが(民法 466 条 1 項本文)、当事者間の意思表示(譲渡禁止特約)によって譲渡性を排除することが認められています(同条 2項本文)。
譲渡禁止特約は、古くは債権者の交替による苛酷な取立てから債務者を保護し、現在でも債権者の交替による事務処理の煩雑化の回避、過誤払いの防止、相殺可能性の確保といった面で債務者を保護する機能を有するとされています ※① 。
しかしながら、譲渡禁止特約が現実の紛争では異なる機能を果たしていることが指摘されていました。すなわち、本件も同様ですが、譲渡禁止特約によって保護されるはずの債務者が債権相当額を供託することで譲渡禁止特約付債権が譲渡された場合の紛争から早期に離脱し、譲受人と譲渡人(譲渡人の債権者)の間の優劣争いにおいて譲渡人側から譲渡禁止特約が援用され、譲受人の譲渡禁止特約に関する重過失が認定されて、結果として債権譲渡の効果が否定されるという事態です ※② 。
2 類似の判断枠組み
本判決は、このような場合につき、譲渡人による譲渡無効の主張は許されないと判断しました。
最高裁判例では、錯誤無効について「民法 95 条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから、表意者自身において、その意思表示に何らの瑕疵も認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず、第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは、原則として許されない」とした原判決に違法はないとしたもの(最高裁昭和 40 年9 月 10 日第二小法廷判決民集 19 巻 6号 1512 頁)があります。
また、最近では、取締役会の決議を経ないで代表取締役が行なった重要な業務執行に該当する取引について「重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めたのは、代表取締役への権限の集中を抑制し、取締役相互の協議による結論に沿った業務執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。この趣旨からすれば、株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することができないと解するのが相当である」としたもの(最高裁平成 21 年 4 月 17 日第二小法廷判決民集 63 巻 4 号 535 頁)があり、いずれも本判決と類似する判断を示しています。
3 本判決の射程−破産管財人差押債権者による無効主張の可否
もっとも、本判決は、債権の譲渡人が譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないことも指摘していますので、独自の利益があれば第三者も無効を主張することができるとも考えられます。
今後は、債権の譲渡人が破産した場合や債権者による差押えと債権譲渡が競合した場合に、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約を援用できるかなどが問題となると思われます。
破産管財人は破産者とは独立した法主体性が認められること、破産管財人又は差押債権者は債権者の利益実現又は自らの債権回収を図る必要があり債権譲渡人のように自らが譲渡禁止特約に反して債権を譲渡したものではないことなどを強調すれば、例外的に独自の利益を肯定する余地もありうるとは思われますが ※③ 、一方で、本件のXに関しては(代表)清算人が選任されており特別清算の清算人は破産管財人に類似した中立的・公共的立場を有するとされている ※④にも拘らず無効主張が否定されていること、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約の保護対象者とは考え難いことからすれば、債務者ではない破産管財人や差押債権者による無効主張はやはり否定されるとも考えられます ※⑤ 。
これらの問題につきましては、今後の判例の集積が待たれるところですが、民法(債権法)改正検討委員会が平成 21年 4 月 29 日に公表した「債権法改正の基本方針」では、譲渡禁止特約付債権の譲渡も譲渡当事者間及び第三者との関係では有効であり、また、債務者との関係でも譲渡人に倒産手続が開始されたときには債務者は特約を対抗できないとすることが提案されています ※⑥ 。
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※① 奥田昌道『債権総論(増補版)』(悠々社、平成4年)429頁、能見善久=加藤新太郎編『論点大系 判例民法 4 債権総論』(第一法規、平成21年)320頁。
※② 潮見佳男『債権総論(第3版)Ⅱ』(信山社、平成17年)606頁。
※③ 第三者による錯誤無効の主張については、第三者において表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者みずからは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるとされています(最高裁昭和45年3月26日第一小法廷判決民集24巻3号151頁)。
※④ 山口和男編『特別清算の理論と裁判実務』(新日本法規、平成20年)123頁。
※⑤ これらの点につきましては、譲渡人に独自の利益がないことの根拠として、譲渡禁止特約が債務者の利益を保護するために付されると解する以上無効主張権者は原則として債務者と解すべきことになろうと指摘するものとして中村肇「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が譲渡の無効を主張することの可否」金判1324号17頁、破産管財人又は差押債権者による無効主張を否定的に解するものとして池田真朗「債権譲渡禁止特約と譲渡人からの援用の否定」金法1873号13頁、研究会(民法判例レビュー)では破産管財人の場合には譲渡禁止特約を主張することができるのではないかとの意見が有力であったことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。
※⑥ 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。たことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。