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談合と不当利得返還請求(2013年12月26日)

談合と不当利得返還請求

弁護士 貞 嘉徳

はじめに

競争法当局の活発な法執行により、独占禁止法に関わるコンプライアンスの重要性は、現在広く理解されているところです。もっとも、同法違反の行為に対しては、課徴金納付命令などの競争法当局による行政上の手続だけでなく、刑事手続のほか、損害を被った被害者による民事的な手続がとられることがあります。今回は、いわゆる公共調達において談合をした事業者らに対し、国が契約の無効を前提として支払代金の返還を求めた事案(東京地裁平成22年6月23日[1])をご紹介します。

事案の概要

防衛庁(当時)が陸上自衛隊で使用される携帯無線機等に使用する専用の電池を調達するに際し、メーカー4社が、平成9年4月から同12年にかけて、談合の上、受注予定者を決定し、入札においてその受注予定者が落札できるよう調整していました[2](本件談合)。

国は、これら談合の結果として各メーカーと締結した契約(本件契約)は無効であるとして、支払代金額と各メーカーから納入された電池の価格相当額との差額を不当利得(民法704条)として請求しました。

主な争点

① 本件契約は無効か(独占禁止法違反の行為が私法上の行為に与える影響)。

② 本件契約が無効であるとしても、国の担当者が本件談合に関与していたのであるから、国が支払った代金は不法原因給付(民法708条)にあたり、返還請求は認められないのではないか。

③ 本件契約が無効であり、国が支払った代金が不法原因給付でなく、各メーカーがこれを返還しなければならないとしても、他方で、国は各メーカーから納入された電池の価格相当額を返還しなければならず(電池それ自体は既に費消されており、電池自体の返還は不可能であるため、その価格相当額の返還をしなければならない)、これをどのように算定すべきか。

裁判所の判断

① について

判決は、独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)に違反する契約の効力が争われた最高裁昭和52年6月20日(岐阜商工信用組合事件)を参照し、「独禁法3条に違反する契約の私法上の効力については、同条が強行法規であることによって直ちに無効であると解することはできず、当該契約が公序良俗に反する場合、民法90条によって無効となる」として、上記最高裁判決以降の裁判所の一般的な判断枠組みを踏襲し、結論として、「談合行為は、性質上、自由競争経済秩序という公の秩序に反する行為」であり、「談合の結果に基づきこれを実現するために締結された契約は、公序に反するものとして無効である」と判示しました。

本判決は、談合行為の悪質性に鑑み、その結果として実現された私法上の行為の効力を否定すべきとの判断を示したものといえます。

② について

判決は、「担当官は、被告ら4社からの要望に応える形で、予定価格を含む本件入札に関する情報を提供し・・・(中略)・・・原告が、本件談合の存在を認識、認容し、むしろ、これを助長する役割を果たしていたことを否定することはできない」と認定して、本件談合に対する国の関与を認めました。

しかしながら、「上記情報提供が一担当官の行う行為の限度を超えて、陸上自衛隊の組織として行われていた行為であると認めるに足りる証拠はなく」、また、「本件談合をするよう指示したり、事実上、本件談合を行うことを強制したなどの事情を認めるに足りる証拠もない」として、国の関与が組織的でなく、かつ、限定的であることを指摘し、これに対するメーカー側の悪質性を強調して、国が「本件談合を主導したと認めることができない以上」不当利得としての返還請求を否定すべきでないと判示しました。

本判決は、組織的な関与の有無及び本件談合を主導したか否かを判断要素として示しました。

③ について

判決は、電池の価額相当額について、「本件電池は、自衛隊専用電池として製造されたものであって、一般に市販されるものではないから・・・(中略)・・・市場価格によることはできない」ことを指摘し、その算定方法について、国が主張する算定方式は調達物品等の予定価格を定める際の旧防衛庁(現防衛省)の内部基準であって妥当でないとして採用せず、原価計算基準を採用しました。

具体的な算定については、数種類の電池があり、紙面の関係上、すべてに触れることはできませんが、判決は、あるメーカーとの関係では、製造原価と販管費に加えて、メーカーから主張された10%の利益を認め、また、他のメーカーからOEM供給を受けていた別のメーカーとの関係では、総利益(販管費及び利益)約30%の加算を認めました。

検討

独占禁止法違反の談合行為の結果として締結された契約については、その効力を否定するのが下級審裁判例の流れであり[3]、本判決の結論に異論はないと思われます。

民間における調達の場合であっても、この結論に差はないと考えられますが、民間の場合には、談合・カルテルの当事者と直接の契約関係にない当事者(例えば一般消費者)が被害者となることも多く、独占禁止法違反行為との関連性が弱いために契約の無効を主張して救済を求めるのが難しい場合には、損賠賠償の請求(民法709条、独禁法25条)によって被害の回復を図ることになります。この損害賠償の請求には、短期の消滅時効の制限があるので、注意が必要です[4]。

日本では、集団訴訟制度や立証上の問題から、独占禁止法違反の事案において、民事的な救済制度はあまり利用されていませんが、米国で民事訴訟が活発に利用されていることは有名ですし、EUでは民事的な救済制度を充実させるよう法案が提出されるなど目指している方向性は明らかです。このような流れの中、日本でも早晩、民事的な救済を求める事案が増えてくることが予想されます。加害者とならないよう注意するだけでなく、今後は、被害者となった場合にどのように対応すべきかという点を含め、独占禁止法の理解を深めていくことが求められています。

[1] 判例タイムズ 1392号

[2] 公正取引委員会による行政手続の詳細は、公正取引委員会HPを参照ください。

[3] 例えば、シール談合事件:東京地判平成12年3月31日、同控訴審東京高判平成13年2月8日。最近のものとして、東京地判平成23年6月27日。

[4] 民法724条:損害及び加害者を知ったときから3年。

独占禁止法26条2項:排除措置命令、課徴金納付命令又は審決が確定したときから3年。

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