著作権の消滅後における著作権表示(2008年11月30日)
著作権の消滅後における著作権表示
弁護士 貞 嘉徳
【はじめに】
今回は、著作権の存続期間満後における『ⓒ』などの著作権の存在を窺わせる表示が、不競法[1]2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するかが争われた、大阪高裁平成19年10月2日判決[2]をご紹介します。
不競法2条1項13号への該当性が直接争われた事例ではありませんが、類似の裁判例としては、特許を受けていないにもかかわらず特許表示と紛らわしい『PAT』という表示を付した行為について、旧不競法2条1項5号[3]に該当する旨判断した、アースベルト事件差戻後控訴審判決[4]がありますので、こちらもご参照ください。
【事案の概要及び争点】[5]
1 事案の概要
Xは、ベアトリクス・ポターが創作した絵本である「ピーターラビットのおはなし」中の絵柄の一部を使用したタオル(以下「X製品」といい、X製品に使用されている絵柄を「本件絵柄」といいます。)の販売を企画しました。本件絵柄の原画の日本における著作権は、存続期間満了によりすでに消滅していましたが、同著作権の日本における管理業務(商品化許諾業務)を行うYは、ライセンシーに対し、ライセンス商品につき、本件絵柄の原画につき未だ著作権が存続しているかのような『ⓒ』などの表示を使用させていました(以下かかるYの行為を「本件表示行為」といいます。)。
そのため、X製品の取扱いを予定する百貨店等は、Yからの著作権に基づく権利行使を危惧し、これが一因となり、X製品の取扱いを躊躇するという事態が生じました。
そこで、Xが、Yに対し、①著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に、YがXに対し著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに、②Yが本件表示行為により需要者ないし取引者をして著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させていることを理由に、不競法3条に基づき本件表示行為の差止を求めた事案です。
2 争点
本判決において判示された主要な争点は、①確認の利益の有無、②本件表示行為が不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するか、という点です。
【判旨及び本判決の意義】[6]
1 争点①-確認の利益の有無-について
⑴ 判旨
本判決は、Yの「1審被告[7]がX製品にある本件絵柄の原画につき著作権を有したことはないし、有していると主張したこともなく、独占的通常実施権者は差止請求権を有さず、代理行使も許されない」などとして、著作権に基づく差止請求権を行使するおそれはないと主張したのに対し、「消極的確認訴訟の場合、被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば、特段の事情のない限り、原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に不安・危険が現存することになるというべきであり、これを除去するために判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができる」とした上、「1審被告が表示させている本件表示は、本件絵柄とそうでない二次的著作物を何ら区別することなく、包括的に著作権を表示するものとなっているなど、実際上の機能として本件絵柄の原画について未だ著作権が存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり、1審被告はこれを前提にその侵害に対しては断固たる法的措置を採ることを言明しているものであって、少なくとも外観上、1審被告が自己又はライセンシーの名の下に、自らの判断で又はFW社の指示によってX製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない」として、確認の利益を肯定しました。
⑵ 本判決の意義
本判決は、「少なくとも外観上、1審被告が・・・著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない」として、Yが差止請求権を行使し得るか否かにかかわらず、外観上の権利行使の可能性を理由に、確認の利益を肯定しているものと考えられます。貸金債権の有無が争われる典型的な消極的確認訴訟において、争いの対象となる貸金債権を行使し得るか否かにかかわらず、確認の利益が認められることからすれば、上記判示は当然のようにも思われますが、本判決は、著作権に基づく差止請求権に関する消極的確認訴訟における確認の利益の有無につき具体的に判断しており、著作権のみならず他の知的財産権に関する差止請求権の不存在確認請求訴訟においても実務上の参考になるものと考えられます。
2 争点②-本件表示行為が不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するか-について
⑴ 判旨
本判決は、「1審原告は、1審被告に対して、ベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示[8]を使用してはならないこと、及び1審被告のライセンシーに対してベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示を使用させ、又はこれを表示させた商品の販売、広告をさせてはならないことを請求するところ、請求にかかる「ベアトリクス・ポターが創作した著作物(の複製物)」に「これ(被告表示)を表示させた商品」は極めて多岐にわたることが窺われる」とした上、「「商品」の「品質」・「内容」を「誤認させる」表示をしたか否かは、当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質、内容を検討した上で決せられる事柄であり、そのような具体的検討もなく、被告表示が一般的、抽象的に「商品」の「品質」・「内容」を誤認させるとすることはできない・・・1審原告は、一般的、抽象的に主張、立証するのみであり・・・例示的に、例えばタオルという商品であれば、消費者等の需要者は、タオルの素材となる繊維の種類、配合割合、肌触り、仕上がり具合等を当該商品の典型的選択基準とすると考えられるところ、タオルの種類、性格等によっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり、当該タオルの種類、性格の如何により、当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かが選択基準となることも生じ、要は具体的個々の商品につき個々に結論が異なる可能性がある・・・個々の商品につきその成否を判別するに足りる証拠が十分でないというほかなく、個々に具体的商品を特定して主張、立証していない以上、1審原告の主張はこれを認めるに十分でないというべきである」として、Xの請求を斥けました。
⑵ 本判決の意義
本判決は、著作権消滅後にもかかわらず『ⓒ』などの著作権の存在を窺わせる表示をさせることが、直ちに不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するものとはせず、消費者等の需要者の立場から、『』などの著作権の存在を窺わせる表示が付されたことが当該商品の選択基準として機能していたか、換言すれば、著作権の保護を受けるということが選択基準として機能していたかどうかという観点から、品質等の誤認表示とみるべきか否かを決すべきことを示し、具体的個々の商品によって異なる判断がなされるべきことを示しています。今後、本件と同種の事案において、品質等の誤認表示の有無を判断する際の一つの枠組みを示すとともに、同種の訴訟における主張、立証の指針を示すものとして、おおいに参考になるものと考えられます。
以上
[1] 不正競争防止法を指します。以下同じ。
[2] 判決全文は、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071003092524.pdf(最高裁HP)、判例タイムズ1258号310頁以下に掲載されています。
[3] 現在の不競法2条1項13号に相当する規定です。
[4] 仙台高裁平成4年2月12日判決。判例タイムズ793号239頁以下に掲載されています。
[5] 事案の把握及び本判決の理解のため最低限必要と思われる範囲で、適宜省略しております。
[6] 判旨は、本判決において重要と考えられる部分を、筆者の判断により抜粋したものです。本判決においては、各争点とも、ここに抜粋したほか、当事者の主張に対応して判断が示されています。とりわけ、争点2については、万国著作権条約との関係など興味深い論点についても言及されています。
[7] 1審被告はY、1審原告はXを指しています。
[8] 『ⓒ』などの、著作権の存在を窺わせる表示を指しています。