英文Webサイトへの掲載と特許法101条の譲渡の申出(2011年2月17日)
外国会社の英文Webサイト上で貴社の日本特許権を侵害すると思われる製品が紹介され「Inquiery(お問合わせ)」のサイト頁が設定されている場合、貴社は、日本の裁判所に損害賠償請求などの訴えを提起できるか?
弁護士 渡辺 惺之
はじめに
インターネット上での知的財産権侵害というと著作権や商標権の侵害が主であり、特許権の侵害が問題となる事例は実際には少ないだろうと考えられていた。今回取り上げるのは、外国会社が英文Webサイトで、日本会社が有する日本特許を侵害すると思われる製品を紹介し、問合わせに対応するページを設定した場合、権利者が日本の裁判所に損害賠償と差止請求を提起し、被告外国会社が日本の国際裁判管轄を争った事例である。
被告外国企業が日本国内に支店、営業所、業務代表者を置いているのであれば、民訴法4条4項を根拠に国際裁判管轄も認められることになる。そのような拠点がない事例では、Webペ-ジの開設が日本における特許権侵害という不法行為と評価されるかが問題となる。大阪地裁は日本国内での不法行為とは認められないとして訴えを却下した(大地判平成21年11月26日、裁判所HP)が、知財高裁は日本を不法行為地と認め国際裁判管轄を肯定した(知財高判平成22年9月15日判決、裁判所HP)。
会社がWebサイト上で自社製品の紹介、販売受注等のWebページを開設するのは広く行われている。Webページをめぐる新しい問題が取り上げられた判例である。
事実
原告は日本電産(以下X)で、被告は三星電機(以下Y)という韓国サムスングループに属する韓国会社である。XがYに対し、Xの日本特許(発明名称「モータ」)に基づき、特許法101条1項に基づく被告物件の「譲渡の申出」の差止と,不法行為に基づく損害賠償金300万円の支払請求を、大阪地裁に提起した。Xが特許権侵害として訴えたYの行為はWebサイト上で原告の特許権を侵害する物件(本件侵害物件)の「譲渡の申出」である。Yは本案前の主張として日本の国際裁判管轄を争った。
YのWebサイト上でのXの権利侵害品と主張された製品についての紹介と問合せのページ開設が、日本における「譲渡の申出」に相当し不法行為地としての管轄原因となるか否かが争点となった。原審は、Webサイト上の問合せページは、販売を目的とするものではなく一般的な問合せに備えるものであるとのYの主張を容れたが、控訴審は、Web上の表示だけでなく間接事実を併せて「譲渡の申出」を認め得るとすると共に、不法行為地には「譲渡の申出」の発信地と受領地も含むとして、日本を不法行為地に当たるとした。両判示を対比すると下記のようになる
原審判決
訴え却下、(1)「民訴法5条9号の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたことの客観的事実が証明されることを要し,かつそれで足りると解される(最高裁判所平成13年6月8日民集55巻4号727頁)。」 (2)「我が国において損害が発生したことが証明されるのみでは足りず,不法行為の基礎となる客観的事実としてXが主張する事実,すなわち,本件においては日本国特許権である本件特許権の侵害事実としての,我が国におけるY物件の譲渡の申出の事実が証明される必要がある。」(3)「しかしながら、上記英語表記のウェブサイトは、Yの製造する製品・・・を全世界に向けて紹介するものであり、日本語で表記された・・・販売・製造に関する問合せフォーム・・・も、・・・品番や具体的な仕様についても何ら示されていない。・・・同フォームが表示されていることをもって,Y物件につき譲渡の申出があったとは認められない。」
控訴審判決
原判決取消、差戻、(1)『民訴法5条9号の適用において,不法行為に関する訴えについて管轄する地は「不法行為があった地」とされているが,この「不法行為があった地」とは,加害行為が行われた地(「加害行為地」)と結果が発生した地(「結果発生地」)の双方が含まれると解されるところ,本件訴えにおいてXが侵害されたと主張する権利は日本特許第・・・号であるから,不法行為に該当するとしてXが主張する,Yによる「譲渡の申出行為」について,申出の発信行為又はその受領という結果の発生が客観的事実関係として日本国内においてなされたか否かにより,日本の国際裁判管轄の有無が決せられることになる・・・。』(2) 『・・・Yが英語表記のWebサイトを開設し,製品としてY物件の一つを掲載するとともに,「Sales Inquiry」(販売問合せ)として「Japan」(日本)を掲げ,「Sales Headquarter」(販売本部)として,日本の拠点・・・の住所,電話,Fax 番号が掲載されていること,日本語表記のウエブサイトにおいても,「Slim ODD Motor」を紹介するWebページが存在し,同ページの「購買に関するお問合せ」の項目を選択すると,「Slim ODD Motor」の販売に係る問い合わせフォームを作成することが可能であること,X営業部長が,陳述書で、Yの営業担当者がODDモータについて我が国で営業活動を行っており,Y物件がS社やT社において,製品(ODD)に搭載すべきか否かの評価の対象になっている旨述べていること,Yの経営顧問Aが,その肩書とYの会社名及び東京都港区の住所を日本語で表記した名刺を作成使用していること,Y物件の一つを搭載したDVD マルチドライブが国内メーカーにより製造販売され,国内に流通している可能性が高いことなどを総合的に評価すれば,Xが不法行為と主張するY物件の譲渡の申出行為について,Yによる申出の発信行為又はその受領という結果が,我が国において生じたものと認めるのが相当である。』
解説
本件判例は、原審判決(1)が引用するウルトラマン事件最高裁判例ルールの特別な渉外不法行為への適用例として注目すべき点は2点ある。第1はWebページ上でなされる不法行為の場所に関する判断である。民訴法5条9号の「不法行為地」は原因行為地と結果発生地を含むので、そのいずれかが日本国内に認められれば足りる。違法Webのアップロード地とアクセス可能地がこれに相当する。原審は、表示内容自体が「譲渡の申出」に相当しないとしたため場所の判断がなされていないが、控訴審は「譲渡の申出」の発信又は受領という結果が日本で生じたと認められるとしている。Webの場合、発信地の特定は困難であろうが、受信地は逆に普遍的に認められる余地もあり、使用言語の考慮なども検討を要する問題となり得るが、本件では英文サイトであることは考慮されていない。第2の注目点は、本件における不法行為の性格である。特許法101条1項の「譲渡の申出」は危険責任を核とする不法行為であり、ウルトラマン判例が想定する原因行為と侵害結果の発生という一般類型とは異なる。本件ではWeb上の表示が「譲渡の申出」に該当するかは本案の判断事項そのものと云える。この場合、管轄判断としてどこまでの証明と審理を要するかは困難な問題といえる。原審はこの点で区別が明確でない。「譲渡の申出」のような不法行為類型では、全体として構成要件該当の蓋然性を基準とする他ないように思われるが、控訴審判断もやや厳格に過ぎる印象がする。なお、米国の対人管轄の判断基準としては顧客との情報交換が可能な双方向サイトであることが要件とされている(Zippo判例)。わが国でも民訴法改正案(3条の3、5号)では、日本国内に拠点のない外国の会社でも日本で事業を営むと認められる場合には、当該業務に関しては日本の裁判所の国際裁判管轄を認める規定が提案されている。この改正が実現した場合は、不法行為管轄よりむしろこの管轄によることになり、類似の問題状況を生じる可能性がある。