紛争鉱物規則-米国Dodd Frank法による一つの証券開示規制(2013年3月13日)
紛争鉱物規則-米国Dodd Frank法による一つの証券開示規制
弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子
紛争鉱物?米国での証券開示規制?米国で上場していない私の会社には関係無いと思われるかもしれません。しかし、そうとは言えない、日本の会社にも影響を及ぼしかねない規制なのです。
1.規制の概要
この紛争鉱物開示規制は、2008年のリーマンショックを引き起こしたプライムローン問題の後、金融業界、証券業界のいっそうの規制が必要と考えられて、2010年に制定された金融改革法[i]の各種規制の中でも異色の規制ですが、紛争地域(中心はコンゴ民主共和国[ii]で、その近隣諸国も含みます)で産出される特定の鉱物(ここでは、錫(すず)、タンタル、タングステン、金等のレアメタル)を使っているか否かを精査して、報告する義務を米国証券取引所に上場している企業に課すというのが、この開示規制の中心です。その調査については、単に自らの使用状況だけでなく、その製造する製品の部品等に含まれるこれらのレアメタルについても、原産地を調べて報告する義務があります。紛争地域からの物でなければ、その旨報告すれば良いのですが、紛争地域が原産国かもしれないとなるとさらに、精査をし、詳しい報告書を証券取引委員会(SEC)に提出する必要があります。
サブプライムローン問題の前の金融問題であったエンロン事件後に制定されたサーベンス・オクスレー法[iii]が内部統制の調査とその結果の開示を求めているのと似たような規制の方法です。当然、対象企業は、そのサプライチェーンを追いかけて精査をする必要があり、このようなレアメタルを使った部品やOEM製品を納入しているサプライヤーに対しては、同様に紛争鉱物でないかの調査と報告を求めることになります[iv]。
錫はハンダの材料ですし、タンタルはコンデンサ、特に携帯電話やPC等に用いられる小型のコンデンサに。またタングステンは硬度が高いため切削工具や電極、電球のフィラメントなどに使われることが多い金属ですので、これらに関わる企業は、米国の上場企業だけで6000社、その部品納入に関連する企業はさらに膨大になります。
2.規制の影響
米国上場企業に課される、この報告書の第1回目は、2012年中の紛争鉱物の使用に関して、2014年5月に提出義務が定められていますので、日本の会社に対しても米国の上場企業から、これらのレアメタルを使用した製品を納入している会社には、問い合わせが行きはじめているのではないかと思われます。当然米国の上場企業は、紛争鉱物を使用している製品をこれからは購入できなくなりますから、日本の企業も紛争鉱物を用いないようにしなければ取引を停止されかねず、米国証券取引所に上場していないにもかかわらず、同様の精査をする必要が出てきます。
現在のように、日本の企業が他国で原料調達から製造まで行い、米国企業やその子会社に製品を販売するというようなビジネスが展開がされていると、日本の企業も米国での法律の間接的な対象となってしまうのです。
3.規制の趣旨
話が前後しますが、なぜ米国はこのような規制を考えたのでしょうか。米国は、反トラスト法[v]や外国汚職防止法[vi]の例にとどまらず、自国の法をあたかも他国にも及ぼすかのようにして、世界の秩序(FairnessとAccountability)を守ろうとしてきました。米国が世界の警察、世界の監視人であるという態度の是非はともかく、米国の発信するこのような秩序維持の方法は、いずれもグローバルスタンダードになりつつあります。
コンゴについては、隣国ルアンダのジェノサイドほどには報道がされてきませんでしたが、レアメタルの大産出国でありながら、いえ、かえってそれが災いして、また他民族国家であることとも関連して過激な紛争が続き、1998年からの第2次コンゴ戦争では500万~600万人が死亡、その後も治安の悪化は止まらず、女性に対するレイプも頻発していると伝えられます。また、このような紛争鉱物からの資金が、そのまま武装勢力の資金となっているとも言われています。米国としては、その資金源を絶つことで紛争の鎮静化を図りたいとの考えがあるのでしょう。確かに隣国ルアンダは平和を取り戻し、この10年はIT産業の活況が伝えられ、アフリカの奇跡とさえ言われています。平和と安全を取り戻すために、その元を絶つことも一つの方法となり得るのかもしれません。
[i] Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Actの1502条に関連しています。
[ii] コンゴ民主共和国は、英語でDemocratic Republic of theCongoとされ、紛争鉱物規則ではDRCと呼ばれます。
[iii] 余談ですが、金融改革法は、格付機関からのロビー活動もあり、サーベンスオクスレー法が手を付けることができず(「サーベンス・オクスレー法概説」商事法務第1章苗村担当参照)、サブプライムローン問題を引き起こすことともなった格付機関に対する規制を盛り込みました。本年になって司法省がスタンダード&プアーズを同ローン問題で提訴する事態となったのも、この金融改革法での格付け機関への規制の影響によるものと思われます。
[iv] 米国証券取引委員会(SEC)はこの開示規則とその報告書のフォーム(Form SDと呼ばれます)とを https://www.sec.gov/rules/final/2012/34-67716.pdf に記載しています。
[v] 米国のSharman Actを中心とするいわゆる反トラスト法は、行為が他国で行われていても、その影響が米国の通商に影響を及ぼす場合には、かような行為についても摘発を行うという姿勢(Extra Territoria Application)を取っています。
[vi] Foreign Corrupt Practices Act、FCPAと呼ばれるこの法律は、外国の企業であっても、外国公務員への賄賂を、米国に有する銀行口座を用いて、または米国の企業と共謀して行った場合に、同法で処罰するという、外国公務員への賄賂を禁止する規定と、Dodd Frank法と同じように証券取引所法(1934年Security Exchange Act)の中で、そのような外国公務員への賄賂を開示していないことについての規制の2種類があります(https://www.namura-law.jp/pdf/tdb110221.pdf)をご参照ください。