民法724条後段-時効か除斥期間か(2009年8月18日)
民法724条後段-時効か除斥期間か(最判平成21年4月28日)
弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子
(第1審東京地判平成18年9月26日,原審東京高判平成20年1月31日)
1.本件は,26年後になって,同じ学校に勤めていた教諭を殺害した犯人が,自宅床下に遺体を埋めていたことを自供してこの事実が発覚したため,遺族が被害者の権利義務を相続した等として,犯人に対し,損害の賠償を求めた事案に対する最高裁判決です。
本判決は,原審を支持し,民法724条後段の除斥期間の適用を排し,請求を認めたものですが,田原判事の補足意見には,そもそも同条後段を除斥期間とは考えず,消滅時効を定めたものと解すべきとの考えが示され,現在の民法改正作業にも言及されています。その射程を広く考えれば,本件の殺人事件のような特殊な不法行為だけに限られるものではなく,実務に一石を投じることになる可能性もあり,ここで,紹介させて頂くこととしました。
2.第1審は,被害者の権利義務そのものは,民法724条後段の除斥期間の満了により消滅しているとしてこれを認めず[1],ただ,26年あまりの間,犯人が被害者の遺体を自らの排他的管理下において,被害者遺族の,被害者を弔い,その遺骨を祀る機会を奪ったとし,かつその状態は継続していたとして遺体発見時を除斥期間の起算点として,合計300万円あまりの賠償額を認めました。
3.これに対し,原審は,民法160条[2]の相続財産の時効の停止の条項の趣旨が,724条後段にも適用される場合があり得る,本件にはそのような特段の事情があるとして,被害者の遺体だと確認されたときから半年以内に遺族が本訴を提起していたことから,被害者の権利は,未だ消滅していないとして,死亡による逸失利益,慰謝料として,総額3800万円あまりの賠償額を認めました。
4.本判決は,まず,民法724条後段は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると明言し,期間経過後には当事者からの主張が無くても,賠償請求権は消滅したものと判断すべきとしました。また民法160条については,相続人が確定しないことにより,時効中断の機会を逸することによる時効完成の不利益を防止するための規定であるとし,相続人が確定する前に時効期間が経過しても相続人が確定したときから6か月を経過するまでは,時効は完成しないとする規定だと解釈しました。 そうなると民法160条が,民法724条後段との関係で問題とされることはないはずですが,本判決は,被害者を殺害した加害者が,相続人に被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作り出したために,除斥期間内に,権利行使が出来なくなった場合にも,その原因を作った加害者が損害賠償請求義務を免れるとすると,著しく正義・公平の理念に反するとして,時効の場合と同じく,民法724条後段の効果を制限することは,条理にかなうとしました。また,相続人が被相続人死亡の事実を知らない場合には,同法915条の熟慮期間が経過せず,相続人は確定しないと解した上で,「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることが出来ず,相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときには,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。」として,被害者の損害賠償請求権の権利消滅を認めなかった原審を支持しました。
5.本判決には,民法724条後段は,除斥期間の定めではなく,時効の規定だとし,民法160条が直接適用されるという田原判事の補足意見が付されています。同意見は,724条後段を除斥期間とすれば,第1審判決が引用した平成元年最判の言うとおり,信義則,権利濫用の適用はないものと解さざるを得ず,本件のような救済は困難であるとして,根本的にこの除斥期間とする考えを見直されています。
除斥期間の制度は,相手方の保護,取引関係者の法的地位の安定,その他公益上の必要から一定期間の経過によって,法律関係を確定させるため,権利の存続期間等を画一的に定めるものと解されるところ,不法行為に基づく損害賠償請求権について,加害者につき,時効制度と別に除斥期間によって,保護すべき特段の事情は認められないと述べられています。
6.同意見は,時効と除斥期間の違い,すなわち,中断,援用,起算点,遡及効,停止,放棄,確定判決による期間延長,相殺などについて分析し,そのいずれも,特に時効とは別に除斥期間を必要とする理由にはならないとしています。また文理解釈上も,724条後段の「同様とする」との意味は,前段の時効によって消滅するという意味であるとの学説[3]にも与しています。
7.まず,多数意見,補足意見のとる結論について,これに異を唱える方はないといってよいでしょう。
そして,そのような結論を是とすれば,補足意見が,724条の文理上も,また本件のような例に救済を与える為の理論的正当性という点からも優れていることは間違い有りません。
また民法(債権法)改正検討委員会も民法724条そのものの廃止を提案しています[4]。同条だけでなく,これまで除斥期間かと言われたものについてもすべて除斥期間説を廃する提案をするようです。
8.かような潮流の中,では,なぜ,多数意見は,除斥期間説を維持し,かつ,民法160条の法意を汲むという形で,724条後段の適用を排除する方法をとったのでしょうか。そこには,やはり,援用を必要とする時効とこれを要求しない除斥期間との大きな違いが考慮されたように思います。
当事者の援用があって初めて認められるという時効援用制度は,フランス法を母法とし,それは,債務者の良心に再度時効による消滅を良しとするかを尋ねる点に意味があるとされます。
援用権が,このような意味を持つことから,これに対しては,権利濫用だとして争われることが多くなるのは否めません。本件のような殺人と綿密な死体隠匿工作という極端な事例でなくても,請求権者と時効の援用権者の間に,弱者強者の関係があれば,請求権者から権利濫用を主張される可能性は高く,国や,企業であれば行使自体が社会的非難の対象となることも援用権行使の際の考慮要素となるでしょう。
9.除斥期間が無くなれば,企業や国の様々な活動に対し,場合によっては20年を超えても時効援用しなければ,更に責任が残ることも検討しておく必要があることになってしまいます。そのコストまで,すべて計算して備えるというのは簡単な事ではありません。
多数意見は,改正委の考えも了解した上で,除斥期間制度の存続を求めているメッセージのようにも思います。今後は改正作業においても多くの議論が巻き起こるのではないでしょうか。
[1] 民法724条後段が時効を定めたものとの主張は排斥し,これに対しては最判平成元年12月21日を引用した。信義則違反,権利濫用の主張はなしえないとしました。
[2] 民法160条-相続財産に関しては,相続人が確定した時,管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は,時効は,完成しないとされています。
[3] 松本克美著『民法724条後段「除斥期間」説の終わりの始まり』立命館法学2005年6号316頁以下など除斥期間説に反対する学説も多いところです。
[4] 改正委は,債務不履行か不法行為かで時効の規律を分けることは適当でないとして,除斥期間そのものを認めないとの趣旨とのこと(別冊NBL126号199頁以下等)。人格的利益には,特別の時効期間として債権を行使できるときから30年を提案しています。