忘れられる権利~最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定について(2017年4月17日)
忘れられる権利~最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定について
弁護士 立川 献
1.はじめに
いわゆる「忘れられる権利」に関する判断が下されるものとして注目されていた「投稿記事削除仮処分申立事件」に関して、平成29 年1 月31 日、最高裁が決定をしました。
「忘れられる権利」は、特にインターネット上の情報の拡散防止の観点から、「個人が自己に関する情報の削除又は非表示を求める権利である」等と説明されています。「忘れられる権利」との用語は、平成26 年5 月13 日欧州連合司法裁判所の判決によって注目を浴びるようになったものです。検索事業者最大手である本仮処分の相手方(グーグルインク。ここでは「Y」とします)も、当該判決を受け、EU 領域内のドメインに限定されるものの、検索結果からの削除要請を受け付けるという対応を行っています。
第一審であるさいたま地裁は、過去の犯罪について、その性質によるものの、ある程度の期間が経過した後には、社会から「忘れられる権利」があり、本仮処分申立人(ここでは「X」とします)はこれを有すると述べ、X の申立てを認めました。しかし、最高裁は「忘れられる権利」との表現を用いることを避け、検索結果の削除請求については「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」に関する問題と捉えたうえ、判示を行いました。
本稿では、事案の概要、最高裁決定の判断をご紹介し、今後の展望等について言及したいと思います。
2.事案の概要
① X は、児童買春をしたとの被疑事実により、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(改正前)違反の容疑で、平成23 年11 月に逮捕され、同年12 月に罰金刑に処せられた。
② ①の本件事実が、X の逮捕当日に報道され、インターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
③ Y は、インターネット利用者に対して、ウェブサイトの検索結果であるURLを当該利用者に提供することを業として行う「検索事業者」である。
④インターネット利用者が、X の居住する県の名称とX の氏名を条件として検索すると、本件事実が記載されたウェブサイトのURL 等の情報が、インターネット利用者に提供される。
⑤そのため、X がY に対し、人格権ないし人格的利益に基づき、本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てを行った。
3.最高裁決定
最高裁は、「忘れられる権利」という表現を用いることなく、結論としては、Xの抗告を棄却しました。
(1)個人のプライバシー上の利益と検索結果の提供行為の性質
まず、最高裁は、「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである」と述べました。一方、検索事業者であるY の「検索結果の提供」行為の性質について、「情報の収集、整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの、同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」し、「公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」としました。
(2)検索結果提供行為の違法性を判断する枠組み
そして、「検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、…表現行為の制約であることはもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる」としたうえで、検索結果の提供行為が違法とされるか否かについては、諸事情(当該事実の性質・内容、プライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、その記事の目的・意義、記事等が掲載されたときの社会的状況とその後の変化、記事等において当該事実を記載する必要性等)を踏まえた「当該事実を公表されない法的利益」と、「URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情」を比較衡量して判断した結果、「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」には、「検索事業者に対し、当該URL 等情報を検索結果から削除することを求めることができる」としました。
(3)本事案におけるX の削除要請権
児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくないX のプライバシーに属する事実であるが、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえ、検索結果は、X の居住する県の名称とX の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる、として、抗告人が妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることが伺われることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない、としました。
4.まとめに代えて
本最高裁決定は、「忘れられる権利」との表現を採用してはいませんが、「忘れられる権利」という考え方が登場したのも、インターネットが広く普及し始めた頃からであり、これを巡る国際的な情勢も未だ流動的な現状において、現時点で判断を行うことなく、将来の判断に委ねたものと考えることができるように思います。
今後、検索結果からの削除請求については、最高裁の定立した比較衡量論に従った判断が蓄積されていくと考えられます。最高裁は明示していないものの、一体どの程度の期間が経過すれば、個人のプライバシー情報が「公共の利害に関する事項」とはいえなくなるのか、という「時間の経過」という要素も、本決定後の裁判例においては重要視されていくのではないかと考えられます。