大学名称に関する紛争~京都芸術大学事件について~(2021年10月27日)
大学名称に関する紛争~京都芸術大学事件について~
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
令和 2 年 8 月 27 日に、公立大学法人京都市立芸術大学が、京都芸術大学(旧名称が京都造形芸術大学)を運営する被告に対して、「京都芸術大学」の名称使用差止めを求めた事件について、第 1 審である大阪地方裁判所は差止請求を棄却しました(以下「本判決」といいます)[1]。
他の大学等が既存の大学名称と似たような名称を自由に使用できるとなると、両者に関連性があるとの誤認を生じさせるおそれもあります。最近でも、大阪公立大学がその英語名称を「University of Osaka」とすることを公表したことに対して、大阪大学が再考を申し入れるという話もありました[2]。また、「リッツ」と聞くと世界的ホテルチェーンである「ザ・リッツ・カールトン」が思い浮かびますが、関西圏の人では、立命館大学を思い浮かべた方もいるのではないでしょうか[3]。
このような紛らわしい名称等の使用を止めたいと考えた場合、被侵害者は当該名称を商標登録していれば、商標権侵害を主張できますが、商標登録がなければ何も主張できないのでしょうか。本稿では不正競争防止法(以下「不競法」という)が禁止する著名表示冒用行為や商品主体等混同行為について、本判決の判示内容を踏まえて、検討したいと思います。
2.事案の概要及び争点について
原告が、その営業表示として著名又は需要者の間に広く認識されている表示(①京都市立芸術大学、②京都芸術大学、③京都芸大、④京芸、⑤ Kyoto City University of Arts、以下、「原告表示」という。)に類似する営業表示である「京都芸術大学」(以下「被告表示」という。) を被告が使用したことに対して、不競法3条1 項、2条1 号又は2 号に基づき、被告表示の使用差止めを求めた事案であり、①商品主体等の混同行為(不競法 2 条 1 項 1 号)該当性、②著名表示冒用行為(不競法 2 条 1 項 2 号)該当性が争点となりました。
3.各行為の要件及び本判決の判斷について
(1)商品主体等の混同行為
ア 商品主体等の混同行為とは
周知な商品等表示に化体された商品や営業上の信用を保護し、公正な競争を確保するため、不競法 2 条 1 項 1 号は、他人の氏名、商号、商標等、他人の商品等表示として需要者間に広く知られているものと同一又は類似の表示を使用して、その商品又は営業の出所について混同を生じさせる行為を「不正競争」と定めています。かかる商品主体等の混同行為は、「商品主体混同行為」と「営業主体混同行為」に区別されますが、大学の名称が問題となる場合には、後者が問題となります。
イ 要件及び本判決の判斷
特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。
(ア)周知性について
不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、商品等表示として「需要者間に広く知られている」こと(周知性)が必要です。周知性の認識の主体である「需要者」は、問題となる商品・営業の取引者・需要者であり、周知かどうかは、商品・営業の性質・種類、取引形態、宣伝活動の態様等の諸般の事情から総合的に判断されます。本判決では、「需要者」を、京都府及びその近隣府県に居住する者一般(いずれの芸術分野にも関心のないものを除く)としたうえで、原告表示①のみ、京都府及びその近隣府県に居住する一般の者が、原告を表示するものとして目にする機会が相当に多いことを理由に周知性を認めています。
(イ)類似性について
不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、他人の周知な商品等表示と「同一若しくは類似」の商品等表示が使用されなければならず、かかる類似性の判断は、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否か※4 を基準として、離隔的観察の方法により、表示の中で自他識別機能・出所表示機能を発揮する特徴的な部分である要部を中心に、表示を全体として観察して判断するとされています。離隔的観察とは、2 つを並べて比べるのではなく、その表示が使われる状況下でどのように見えるかという観察方法です。比べてみると違いが際立ちますが、本来の使用状況下では、混同されやすい傾向があります。
本判決では、上記基準のもと、原告表示①のうち「市立」の部分は、自他識別機能・出所表示機能は高いと判断し、その要部は全体である「京都市立芸術大学」と把握したうえ、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」では、「市立」の有無により、外観、称呼、観念ともに異なり、取引の実情としても、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なれば異なる大学として識別するとして、両者の類似性を否定しました。
(ウ)混同が生じるおそれについて
本判決では、周知性又は類似性がないと判断したため、同要件については判断していません。同要件は出所に関する混同を生じさせる誤認を意味し、この「混同」には、出所は別個であっても、密接な関連性が存在すると誤認される場合(例えば、系列校や姉妹校と誤認される場合)も含まれるとされています。
(2)著名表示冒用行為
ア 著名表示冒用行為とは
著名な表示が冒用されると、たとえ混同は生じない場合でも、冒用者は著名表示の有している顧客吸引力にフリーライドすることができ、他方で、被冒用者が、長年の営業上の努力により高い信用を有するに至った著名な表示との結びつきが薄められ、また、当該表示の持つブランドイメージの毀損といった事態が生じます。このような事態の生じることを防止するため、不競法 2 条 1 項 2 項は著名表示の冒用行為を「不正競争」と定めています。
イ 要件及び本判決の判斷
特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。
(ア)著名性について
著名表示冒用行為については、周知性よりも高い知名度が求められますが、混同が生じるおそれは要件ではありません。
本判決では、大学の名称が商品等表示として「著名」といえるためには、全国又はこれに匹敵する広域において、芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があると判断しています。そして、原告表示のうち、使用頻度が高い原告表示①について、原告大学関係者による使用例のうち多数を占める肩書又は経歴等は、芸術家の名や作品名等と同等か、より小さな記載により付記されるに留まる等の理由により、「著名」とまではいえないと判断し、また、原告表示①より使用頻度の低い原告表示②~⑤についても「著名」とまではいえないと判断しました。
(イ)類似性について
本判決では、原告表示の著名性を否定したため、原告表示と被告表示の類似性については判断をしていません。不競法2 条1 項2 号の類似性の判断については、前述の同項 1 号の類似性と同様の基準を用いる裁判例[5]もあります。しかし、その趣旨が混同ではなく、希釈化等の防止であることを理由に、著名な商品等表示を容易に想起されるほどに類似しているかどうかを基準とする裁判例[6]もあり、判斷基準は分かれています。
5.本判決の妥当性について
本判決は原告表示がいずれも著名性を有しないと判断していますが、同様に学校の名称が問題となった「青山学院」事件判決(東京地裁平成 13 年 7 月 19 日判決)では、「青山学院」との名称について著名性を認めています。本判決が著名性を否定する理由とする、経歴等の使用の場面は学校により大きく変わるものではなく、かかる理由により著名性を否定してしまうのは妥当でないようにも思えます。また、本判決は、被告の行為が商品等表示冒用行為には該当しないと判断しましたが、被告が「京都造形芸術大学」という名称からあえて「京都芸術大学」という、原告表示に似るような変更を行ったという経緯等の事実関係も重視すべきであったように思われます。
[1] その後、原告は控訴をしていましたが、令和3年7月20日に両当事者のHP上で、和解が成立したことが公表されています。
[2] 報道によれば令和3年3月12日付けで、「University of Osaka」から「Osaka Metropolitan University」に変更することが発表されています。
[3] 平成11年に「ザ・リッツ・カールトン」が神戸風月堂の経営する「ホテルゴーフルリッツ」に対して、類似名称の使用差止めを求め勝訴するなど「リッツ」の名称使用に関して争いがあります。
[4] 最判昭和58年10月7日第二小法廷判決
[5] 大阪地裁平成24年9月20日判決
[6] 東京地裁平成20年12月26日判決