土壌汚染と売主の説明義務(2008年8月22日)
土壌汚染と売主の説明義務
弁護士 中島康平
【はじめに】
今回は,汚染土地の売買において売主の説明義務違反が肯定された東京地方裁判所平成18年9月5日判決をご紹介します。土地の売買に際し、契約において土壌汚染に関する表明保証条項等の規定を設けておくことが紛争予防に資することはいうまでもありませんが、そのような規定がない場合の当事者のリスク分担を示したものとして本判決は意義があるものと思いますので、「最近の判例から」というには少し古いかもしれませんが取り上げさせて頂きます。
【事案の概要と争点】
本件の事案を簡略化すると,機械販売会社であるYから土地を購入した建設会社のXが,土地の一部(以下「本件土地」といいます。)を転売するために土壌汚染の調査を行ったところ,鉛及びふっ素による土壌汚染が生じていることが判明したため,Yに対し,売買契約の錯誤無効による代金の返還,予備的に瑕疵担保責任ないし債務不履行責任に基づき土壌調査及び土壌浄化費用の賠償等を求めたというものです。
本件では,①売買契約に要素の錯誤が存するか,②YがXに対して瑕疵担保責任を負うか,③YがXに対して債務不履行責任を負うかが争点となりました。
【判旨】
1 争点①について
錯誤について,裁判所は,土壌汚染の存在は土地の外観から明らかなものとはいえず,専門家による調査を経て初めて判明したものであるから,売買契約当時,Xが錯誤に陥っていたとは認めましたが,契約書に土地の購入目的が明記されていないこと等から転売目的が重要視された筋は見当たらないこと,契約交渉過程においても双方とも土壌汚染には無頓着なまま推移した経緯がうかがわれること,汚染土壌の除去に要する費用が売買代金の約21%に過ぎず土壌汚染を考慮しても代金額との均衡が著しく害されていると評価することもできないことを指摘して,Xの錯誤は表示されない動機の錯誤にとどまり,要素の錯誤とはいえないと判示しました。
2 争点②について
次に,瑕疵担保責任について,裁判所は,経済的取引の見地からしても,鉛及びふっ素について,各基準値[i]を超える含有量ないし溶出量を検出した土地については,経済的効用及び交換価値が低下していることが明らかで売買代金との等価性が損なわれていることから,瑕疵の存在が肯定されるべきであるとし,また,Xが同土地の引渡しを受けた平成11年8月当時において,買主がたとえ不動産取引業であったとしても,当然に土壌汚染の有無について専門的な調査を行うという取引慣行が存在していたことを認めるに足りる証拠はないこと,土壌汚染の存在は外観上明らかとはいえないこと,土壌汚染についての調査が相当な手間と費用を要するものであること等から,土壌汚染が隠れたる瑕疵であることは否定できないとしました。
しかし,商法526条を適用し,引渡し後6か月が経過したことによって,XのYに対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は許されないと判示しました。
3 争点③について
⑴ 本来的債務の不履行
裁判所は,まず,売主の本来的債務につき,契約の目的が特定物である本件では,契約の本旨は,特段の事情なき限り,本件土地を現状において引き渡すことにある(民法483条)から,売主は土壌汚染のない土地を引き渡す義務を負うとまではいえないのが原則であるとした上で,本件売買においてこれと異なる特段の事情が存在するかについて検討し,Xが転売目的で本件土地を購入することをYが認識していたと認めることはできないこと,本件売買契約における瑕疵担保について定める条項は,不動産取引において一般的に用いられる内容のものであり[ii],特に土壌汚染について言及するものではなく,また,契約締結時に至るまでXY間において土壌汚染のことが問題になっていないことから, Yが本件土地に土壌汚染が生じていないことの保証の趣旨で同条項を設けたとみることはできないこと,本件売買契約が締結された平成7年当時において売主が土壌汚染について責任を負担すべきという認識が一般的であったことを示す根拠もないこと,土壌汚染対策法が,行政的な見地から汚染物質の調査・除去義務を土地の所有者に課していることから,直ちに私人間の売買契約において売主が同義務を負担すべきことになるとはいえないことといった理由からYに本来的債務の不履行はないとしました。
⑵ 信義則上の調査・除去義務
次に,売主の信義則上の調査・除去義務についても, Yが本件土地の土壌汚染の事実を認識していたとまで認めることができないことを理由にこれを否定しました。
⑶ 説明義務違反
しかし,裁判所は,売主の説明義務について,商法526条の規定からすれば,買主であるXに売買目的物たる同土地の瑕疵の存否についての調査・通知義務が肯定されるにしても,土壌汚染の有無の調査は,一般的に専門的な技術及び多額の費用を要するものであるから,買主が同調査を行うべきかについて適切に判断をするためには,売主において土壌汚染が生じていることの認識がなくとも,土壌汚染を発生せしめる蓋然性のある方法で土地の利用をしていた場合には,土壌の来歴や従前からの利用方法について買主に説明すべき信義則上の付随義務を負うべき場合もあると判断しました。
そして,土壌汚染についての社会的認識として本件土地の引渡しがなされた平成11年には,私人間の取引の場面においても土壌汚染が発見された場合には,それを除去すべきとの認識が形成されつつあったことを認定した上で, Yの本件土地の利用状況についての認識を検討し,Yは,従来田として利用されていた本件土地に盛土をして埋め立て,工場敷地として,また,A社に賃貸することにより,機械の解体等の作業用地として使用を継続してきたこと,土壌において相当量の油分が検出されており,YがXに対して本件土地はA社が長年使用していたことにより機械解体作業時に流出した油分がその量は不詳ながら土中にしみこんでいる旨の報告していることからすれば,YないしA社は,地中に機械解体時に発生する相当量の廃油等を流出浸透させるような形態で,機械解体作業等の業務を行っていたと認められ,Yにおいてもこの点についての認識は有していたと認定しました。そして,このような形態で土地を使用すれば,廃油中に混在する各種の重金属等により,土壌汚染が生じ得ることは否定できないところであり,他方でその発見は困難で,多額の損害につながるから,Yにおいては,このような形態で本件土地を使用し,その点についての認識を有していた以上, Xが買主として検査通知義務を履践する契機となる情報を提供するため,本件土地の引渡しまでの間に,Xに対し,埋立てからの利用形態について説明・報告すべき信義則上の付随義務を負っていたというべきであるとしてYの説明義務を肯定しました。
⑷ Xの損害
その上で,Yの信義則上の説明義務の不履行により,Xは土壌汚染調査を行うべきかを適切に判断するための情報提供を受けられず商法526条の検査義務も果たせず, Yへの瑕疵担保責任を追及する機会を失ったとして,本件土地の浄化費用をXの被った損害として認め,浄化範囲確定のための調査もこれに含まれるとしましたが,その前段階の土壌汚染の調査費用は商法526条により買主に課せられた目的物の検査のための費用であるから,損害には入らないとしました。
また,過失相殺について,Xは土木建築工事に関する調査,企画,地質調査等を目的とする会社で,本件土地には機械の解体作業時に流出した油分がしみこんでいるとの報告は、Yより受けていたとして,Xに生じた損害のうち4割のみを賠償する義務をYに認めました。
[i] 平成3年8月23日付け環境庁告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」,平成11年1月29日付け環境省水質保全局企画課地下水・地盤環境室長・土壌農薬課長連名から各都道府県・水質汚濁防止法政令市環境担当部局長宛通達 環水企第30号・環水土第12号「土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針運用基準について」及び土壌汚染対策法が定める基準値をいいます。
[ii] 「本件不動産について質権・抵当権・その他の担保権もしくは地役権・賃借権その他の用益権の設定等乙の完全な取得行使を阻害する如何なる負担もなく,又一切の瑕疵負担のない所有権を乙に移転することを保証する」というものです。