営業秘密の保護について(2008年8月22日)
【営業秘密の保護について】
1 はじめに
企業にとっての秘密、たとえば商品の製造過程や原材料など門外不出とされている事項はあることと思います。その中で、「営業秘密」となるものは、知的財産権の1つとして不正競争防止法(以下「不競法」といい、条文だけの記載はこの法律によるものとします。)によって保護されるものです。「営業秘密」となりうるものとしては、たとえば、製品の設計図、製造又は設計上のノウハウ、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リストなどがあります。
「営業秘密」については、平成17年の不競法改正で刑事罰の対象が拡大されるなど、年々その保護につき関心が高まっているといえます。従って、今回は「営業秘密」の保護について考えてみたいと思います。
2 営業秘密の保護の枠組み
「営業秘密」は、①秘密として管理されている(秘密管理性)、②生産方法、販売方法、その他事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって(有用性)、③公然と知られていないもの(非公知性)、をいいます(2条6項)。そして、①窃盗、詐欺、強迫その他の不正な手段によって営業秘密を取得する行為とその秘密の使用又は開示行為、②保有者から正当に営業秘密の開示を受けた者の図利加害目的の使用又は開示、③①又は②の存在について悪意重過失によるその後の取得者の使用又は開示行為、④営業秘密の不正取得行為又は不正開示行為の介在について善意無重過失であった取得者が、不正行為につき悪意重過失となった後になす使用又は開示行為がそれぞれ「不正競争」(2条1項4号~9号)として規定されています。「不正競争」に該当し、営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある場合には侵害の停止又は予防を請求することができます(3条)。また、故意又は過失により営業上の利益を侵害した場合、損害賠償請求ができます(4条)。
「営業秘密」を侵害した場合には、刑事罰も規定されています(21条)。
3 営業秘密の該当性
該当性で裁判例等で一番のポイントとされる点は、上記①の秘密管理性です。情報は、秘密として管理されていなければ、「営業秘密」には該当しません。それは、客観的に秘密として管理されていない情報は、その情報にアクセスする人間に自由に使用・開示できる情報という認識を抱かせる蓋然性が高いため、秘密として管理されていない情報までも保護することは情報取引の安定性を阻害するからです。
秘密として管理するとは、具体的、画一的な基準があるものではありませんが、一般的には、①当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限の存在)、②当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性の存在)が必要とされています[i]。
そして、秘密管理性を肯定される事情としては、裁判例では、たとえば、施錠して保管している、コンピュータへのアクセスできる人を限定していた、電磁的情報のプリントアウトの制限がある、秘の印がある、秘密管理につき社員教育がされている、就業規則に秘密保持義務が定められている[ii]、などがあげられます。
逆に秘密管理性を否定するものとしては、パソコンへのアクセス制限がなかった、ファイルを保管する書棚には扉がなく、アクセス権者を制限する措置がとられていなかった、第三者への開示を厳格に禁じていなかった[iii]、顧客情報がベテランの従業員のみアクセスできるというものではなく、新しい従業員が顧客情報を知るため日常の業務において利用されていた[iv]、コンピューターサーバの情報につきパスワードを設定し、アクセスできるものを限定していたという事情があったが、施錠可能な場所に保管されたり、表紙等に秘密と記載されることはなかった、保管方法について営業担当者に説明されることはなかった[v]、などの事情があげられます。
4 退職した従業員の営業秘密の持出しについて
営業秘密をめぐって訴訟になることが多いのは、退任した役員や退職した従業員が会社の営業秘密を持ち出した場合です[vi]。
営業秘密を保持する会社としては、元役職員に対して、契約により、競業避止義務を課すこと、及び、退職後の秘密保持義務を課すことが考えられます。退任・退職後の競業避止義務は元役職員が退任又は退職した後に使用者の事業と競合する事業を行うことを禁止するものであり、秘密を使用・開示することを禁止する秘密保持義務とは異なるものです。秘密保持義務違反である秘密の使用行為、開示行為自体は相手方内部で行われるため、直接発見することが困難となります。しかし、秘密の使用行為や開示行為の危険がある競業行為を禁ずる競業避止条項を規定することは、訴訟となった場合に証明対象を秘密保持義務違反の行為から競業避止義務違反の行為に転化することによって、立証を容易化するものとなりうることから、営業秘密の保護にとってより直接かつ効果的となるといえます[vii]。
退任・退職者が実際に営業秘密の持出しを行った場合においては、元役職員が行った行為が自由競争の範囲を逸脱していると思われる場合に、すべての要件が十分に充足されていることよりは、元の雇用主を救済するために、元雇用主にとっての当該情報の重要性、秘密管理性等の営業秘密の要件、不正取得の要件が全体的に勘案されることから、不正取得された情報が元雇用主にとって重要で、不正取得の態様が悪質である場合は、秘密管理が若干手薄でも秘密管理性が肯定されることもあるとする考え方も出されているところです。
[i] この点、経済産業省より出されている「営業秘密管理指針」では、法律上の保護を受けるための「ミニマムの水準」と、紛争の未然防止のための「望ましい水準」が定められています。たとえば、営業秘密の物理的管理について、「望ましい水準」では、
・他の情報との区別、「極秘」「秘」など秘密性のレベル付とそれを表示すること
・アクセス権者を特定すること、アクセス記録を保存すること
・書類等、情報を記録した媒体について、施錠可能な保管庫に施錠をして管理し、媒体の持ち出しの制限、廃棄の際には焼却、シュレッダーによる処理や溶解、破壊等をすること
・営業秘密が保管されている建物・事務所等につき施錠と入退室の制限をし、その入退室の記録を作成すること
とされています。これらの厳しい管理を行うことで紛争が生じた場合に秘密管理性が揺らぐことはないと考えられますが、企業規模等によりこれらを要求することは管理のための過大な経費負担を強いることになることや、判例が認めてきた「ミニマムの水準」のレベルを底上げするのではないかが懸念されています。
従業員等との間に就業規則等の契約を締結することで、不競法の営業秘密に関する規定によって追及できない秘密漏洩行為に対しても、契約による保護の網を被せることができること、企業にとって何が秘密であるかを特定することができること、秘密保持契約と同時に競業避止義務を課すことができること、労働契約終了後にあっても、退職者の秘密保持義務の存在を明らかにすることができることなどのメリットがあります。
[iii]東京地判平成16年4月13日
[iv]東京高判平成17年2月24日
[v]大阪地判平成17年5月24日
[vi]たとえば、大阪地判平成8年4月16日では、男性用かつらの販売を業とする会社の元従業員が独立した際に顧客名簿を持ち出したという事案です。
[vii] この点、営業秘密管理指針では、役員・従業員に対して、就業規則や各種規定に秘密保持義務を規定することはもちろん、退職者については、対象を明確にした秘密保持義務を課し、別個、競業避止義務を課すことが望ましいとされています。また同指針では、他の会社から転職した人を採用する場合、前勤務先との間で負っている秘密保持義務や競業避止義務の確認をし、受入企業が差止請求・損害賠償請求を受けるリスクが発生しないか検証することについても望ましい事項としています。