否認権 ~取引先倒産の一側面~(2009年2月26日)
否認権 ~取引先倒産の一側面~
弁護士 中島康平
昨年は企業の倒産(負債総額1000万円以上)が1万5000件を超え,上場企業の倒産(上場廃止後の倒産を除く)も2002年の29件を上回り,戦後最多の33件に上ったようです[1]。
今年の1月も,企業の倒産は前年同月比15.8%増の1360件で1月としては6年ぶりの高水準だったとのことで[2],今年に入ってもその勢いは衰えていません。
そこで,今回は,取引先が倒産した場合に問題となる否認権について,どのような場合に否認されるかという否認の基本的な要件を整理してみたいと思います(以下では,記述の便宜から,取引先が破産した場合を想定し,破産法を「法」といいます)。
1 否認権とは
破産手続開始前になされた破産者の行為等の効力を否定し,逸失した財産を回復する権利であり,破産の場合,裁判所が選任する破産管財人が行使します(法173条1項)。
否認権の対象となる行為は,破産者の財産を減少させる行為(財産の無償譲渡や廉価売却など)と偏頗行為(一部の債権者への弁済や担保の供与)に分類されます。
2 財産減少行為(詐害行為)
(1) 破産者の財産を減少させる行為はどのような場合に否認されるのでしょうか。例えば,破産者が,保有していた不動産を破産手続開始前に処分したとします。この処分が廉価で行われていた場合,この廉価売却が破産者の財産を減少させる行為に該当することは明らかです。したがって,①破産者が破産債権者を害することを知っていた場合,②廉価売却が支払の停止[3]又は破産手続開始の申立て(以下「支払の停止等」といいます)があった後に行われていた場合には,この不動産の売却行為は否認されることになります(法160条1項)。
もっとも,買主が,売買の当時,①の場合には破産債権者を害する事実を,②の場合にはそれに加えて支払の停止等があったことを,それぞれ知らなかったときは,売買は否認されませんが,そのためには,買主自ら,これらの事実を知らなかったことを証明しなければなりません。
(2) 不動産の処分が売買ではなく贈与であった場合はどうでしょうか。贈与などの無償行為(これと同視すべき有償行為を含みます)が行われた場合には,破産債権者を害する程度が高く,一方で,無償行為ですから,相手方の保護を図る必要性も低いということができます。そこで,贈与などの無償行為の場合には,否認の要件が緩和されており,支払の停止等があった後又はその前6か月以内にしたものであれば,否認されることになります(同条3項)。
(3) それでは,不動産の処分が贈与でも廉価でもなく相当な対価[4]でなされていた場合はどうでしょうか。この場合,債務者は不動産の価値に相当する金銭を得るわけですから,債務者の財産は減少していないとも考えられますが,他方で,不動産が処分され現金化されることで,費消・隠匿されるおそれもあり,実質的には財産を減少させる行為ということもできます。
そこで,相当の対価を得てした財産の処分行為については,①当該行為が,不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により,破産者において隠匿,無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下「隠匿等の処分」といいます)をするおそれを現に生じさせるものであり,②破産者が,当該行為の当時,対価として取得した金銭その他の財産について,隠匿等の処分をする意思を有しており,③相手方が,当該行為の当時,破産者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたという場合に限り,否認されます(法161条1項)。これら①乃至③の要件は,破産管財人が立証責任を負います(もっとも,相手方が,破産者の内部者である場合には,③は推定されます[5])。
このように否認される局面を限定することで,相当価格による取引の相手方の萎縮的効果を除去し,債務者の再建の途が確保されるように手当てされています。
3 偏頗行為
(1) 経済的窮地にある債務者が,破産手続開始前に一部の債権者にのみ弁済をし,または担保を供与することがあります。次は,このような行為がどのような場合に否認されるかをみていきます。
支払能力が不足している債務者が,既存の特定の債権者に対し,担保を供与し,または,弁済等により債務を消滅させる行為(偏頗行為)は,他の債権者との平等を害するものですから,①破産者が支払不能になった後や②破産手続開始の申立てがあった後にしたものであり,かつ,債権者が,その行為の当時,①の場合には債務者が支払不能であったこと又は支払の停止があったことを,②の場合には破産手続開始の申立てがあったことを,それぞれ知っていた場合には,その偏頗行為は否認されます(法162条1項1号)。
これらの要件については,破産管財人に立証責任があります。もっとも,債権者が破産者の内部者である場合や偏頗行為が破産者の義務に属せず,又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合には債権者の悪意が推定されます(同条2項)ので,債権者自ら,善意であることを証明しなければなりません。
なお,偏頗行為として否認の対象となるのは,既存の債権者への弁済や担保の供与に限られます(同条1項柱書かっこ書)。新規の借入に伴う担保の供与は,対象になりません。そうすることで,否認リスクのために,経済的窮地にある債務者が再建を図るために救済融資を受ける途が閉ざされないようにしているのです。もっとも,この場合の救済融資と担保の供与も,一体として担保目的物の処分行為とみることができますので,上記2(3)でみた要件のもとで否認されることはあり得ます。
(2) 以上と異なり,偏頗行為が,破産者の義務に属せず,又はその時期が破産者の義務に属しない場合(義務なくして行う担保の供与や期限前弁済がこれに該当します)には,そのような偏頗行為は当該債権者が負っていた破産のリスクを他の債権者に転嫁するものといえますので,否認の要件が緩和され,支払不能になる前30日以内にされた行為についても,否認されます(同条1項2号)[6]。そして,この場合にも債権者の悪意が要求されますが,証明責任が転嫁されており(同号ただし書),債権者自ら,その偏頗行為の当時,他の破産債権者を害する事実を知らなかったことを証明しなければなりません。
(3) これまでみてきたように,偏頗行為では支払不能の前後が問題とされていますが,支払不能を立証することは困難ですから,支払の停止[7]があれば,支払不能であったものと推定されます(同条3項)。ただし,破産手続開始の申立てより1年以上前の支払の停止については,破産手続開始の申立てとの関連性が薄く,また,緩和された証明責任のもとでの否認リスクを長期間債権者が負うことを避けるため,支払不能を推定しないものとされています(同項かっこ書)。
以上
[1] 株式会社東京商工リサーチが1月13日に公表した2008年全国企業倒産状況。
[2] 日本経済新聞2009年2月10日付朝刊。
[3] 支払の停止とは,支払不能(債務者が,支払能力を欠くために,その債務のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態。法2条11項)にある旨を外部に表示する債務者の行為をいいます。
[4] 対価の相当性は,基本的に廉価性の裏返しの問題であり,当該財産の公正な市場価格が一応の基準となりますが,処分の時期や目的などの事情からある程度の幅をもった概念として捉えられます。
[5] 破産者の内部者とは,破産者が法人である場合の役員等(同条2項1号),破産者である株式会社の親会社等(同項2号),破産者の親族又は同居者(同項3号)をいいます。
[6] 証明責任の転嫁の場合(上記3(1)参照)とは異なり,その方法が破産者の義務に属しないものである場合(代物弁済等)はここには含まれません。なお,代物弁済については,偏頗行為否認の対象であるとともに,給付の価額が消滅する債務に比し過大な場合には,過大な部分は財産を減少させる行為としての側面を有するため,その過大な部分については,上記2(1)の要件を満たせば,否認されます(法160条2項)。
[7] 注3参照。