合弁会社の取締役の選任に関する議決権の行使についての株主間合意とその効力(2008年11月30日)
合弁会社の取締役の選任に関する議決権の行使についての株主間合意とその効力
企業活動のグローバル化が速度を増していく昨今、外国企業のリソースを享受し自社のリソースを活用して高いシナジー効果を発揮させるための基本的な法的スキームの一つが外国企業との合弁会社(Joint Venture)の設立です。合弁会社を設立する理由や利点はそれぞれではありますが、いずれにせよ合弁会社の株主たる企業にとって合弁会社の運営や意思決定に実質的に関与できることは、一つの重大な関心事です。しかし、日本の会社法上50%を超える議決権を有する株主は、全ての取締役を選任することができてしまいます(会社法第329条第1項、同法第309条第1項)[1]。そこで、少数派の株主たる企業も合弁会社の運営や意思決定に実質的に関与できるようにするため、株主間でJoint Venture契約(以下、「JV契約」といいます。)を締結し、各株主たる企業が自己の推薦する一定の員数の取締役を選任できるよう議決権の行使について合意することがあります。そして、かかる合意を実効化するべく、実務では様々な取り組みがなされてきました。
今回は、外国の企業Aが60%を、日本の企業Bが40%を出資し、日本に合弁会社C株式会社を設立する場合に、AB間のJV契約(以下、「本件JV契約」といいます。)にて、Cの取締役5名のうち3名をAが推薦、2名をBが推薦して、それぞれ推薦された者が取締役に選任されるよう議決権を行使する旨の合意(以下、「本件合意」といいます。)のあるケースをモデルケースとして、その合意の効力について検討したいと思います。なお、本件JV契約の準拠法は日本法、裁判管轄地は大阪地方裁判所とし、また通常合弁会社は、株式譲渡制限を付して設立されることから、Cも株式譲渡制限を付した会社であることを前提として、検討を進めます。
II 定款記載による本件合意の実現
1 まず、取締役の選任に関する議決権の行使についての株主間の合意を実現する手段としては、合弁会社において取締役の選任に関する内容の異なる種類株式を発行することが考えられます(会社法第108条第1項第9号)[2]。
モデルケースでは、たとえばX種の株主はX種の種類株主総会で3名の取締役を選任し、Y種の株主はY種の種類株主総会で2名の取締役を選任する旨を定款に定め、X種の株式をAが、Y種の株式をBが取得することで本件合意を実現していくことになります。
2 また、取締役を選任する株主総会の決議要件を加重し、それを定款に記載することによって、間接的に少数株主の意向を取締役の選任に反映させる方法も考えられます(会社法第341条参照)。前述したとおり会社法の規定に従えば、モデルケースでは、60%の持ち分を有するAは原則として全ての取締役を選任することができます。しかし、例えば、Cの定款にて、「取締役を選任する株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の多数を持って行わなければならない。」と定めた場合、Aは単独では取締役を選任することができません。結局Bとの本件合意に従った取締役を選任せざるを得ない結果となるため、かかる方法も有効な手段と考えられています。
3 さらに、株主が取締役の選任に関して株主総会で行使できる議決権を株主ごとにそれぞれ一定の員数の取締役に限る旨定款に定めることによって、取締役の選任に関する議決権の行使についての株主間合意を実現していくことも考えられます。モデルケースでは、Aは自己の推薦する3名の取締役の選任についてのみ、Bも自己の推薦する2名の取締役の選任についてのみCの株主総会において議決権を行使できる旨定款に記載することになります。なお、このように株主総会の議決権に関する事項について株主ごとに異なる取扱いをする旨を定款で定めることは、株主平等原則(会社法第109条第1項)の例外として、公開会社でない株式会社について認められており (会社法第109条第2項、同法第105条第1項第3号)、Cの上記のような定款の定めも許容されるでしょう。
4 上記の各方法を定めたCの定款に違反した株主総会の決議がなされた場合、当該決議は、決議取り消しの対象となります(会社法第831条第1項第2号)。よって、少数株主たるBは、本件合意をいずれかの方法でCの定款に反映させることによって、自己の取締役選任に関する利益を確保できることとなります。
III 定款記載によらない本件合意の実現
1 AB間のパワーバランス上、必ずしも上記IIで検討しました定款の定めをAが受け入れるとは限りません。本件合意がCの定款に反映されなかった場合、本件合意には、いかなる効力が認められるのでしょうか。
2 まず本件合意の有効性については、旧商法時代のものですが、東京高裁平成12年5月30日の判決が参考になります[3]。東京高裁は、取締役の選任に関する議決権の行使についての合意につき、「本来、株主がどのように議決権を行使するかは株主の自由であり、商法上、株主総会は株式数の多数によって決議される機関とされており、したがって、会社は多数の株式を有する株主によって支配されるものであるとされていることに鑑みると、株主が多数の賛成を得るために他の株主に働きかけて右のような合意をすることは、何らこれを不当視すべきものではなく、」と判示し、有効性を一般的に認めました。学説においても、取締役の選任に関する議決権の行使についての合意を有効とするのが通説であり、モデルケースの本件合意も有効性は認められることとなるでしょう。
3 それでは、Aが本件合意に違反してCの株主総会にてAが推薦する取締役5名を選任した場合、Bは、いかなる措置を講じることが可能でしょうか。
この点、会社法第831条第1項が列挙する決議取消事由には、契約違反は列挙されておらず、一般的には、取締役の選任に関する議決権の行使についての合意に違反する議決権の行使があったとしても、その効力は取り消し得るものではないと解されています[4]。したがって、BがAに対して取りうる手段としては、債務不履行責任の追及、具体的には損害賠償の請求をしていくことが考えられます。
もっとも、BのAに対する損害賠償請求は、Bの推薦する者がCの取締役に選任されないことによりBが一体いかなる損害を被ったのか損害の内容が明確でなく、困難を伴うことが想定されます。そこで実務上は、一方の当事者が取締役の選任に関する議決権の行使についての合意に違反して議決権を行使した場合に、違反をされた当事者がJV契約を解除し、当該違反をした当事者の保有する株式を合理的な価格で(または、合理的な価格より安価で)譲り受ける規定や、直接的に違約金に関する規定をJV契約に設ける等の措置を講ずることがあります。モデルケースでも、本件合意に違反して議決権を行使した当事者の株式を相手方当事者が安価で譲り受けることができる旨の規定を本件JV契約に設けることによって、本件合意の履行を確保することが期待できます。
IV まとめ
以上のとおり、取締役の選任に関する議決権の行使についての株主間合意の実効性を確保するため、まずは交渉の過程においてしっかりと合意内容を何らかの方法で定款に記載することを目的とするべきこととなります。しかし、契約交渉のパワーバランス上、定款記載が困難な場合は、JV契約において、違約金の規定又は株式の譲受の規定を設ける等して、JV契約上の合意の履行を確保する努力をすることが重要となります。
以 上
[1] 少数派の株主としては、累積投票制度(会社法第342条)を利用することも考えられますが、同制度を利用したとしても常に自己の出資比率と比例する数の取締役が選任できるとは限らず、同制度のみによっては、少数派の株主の意図を酌んだ取締役の選任を達成できるとは言えません。
[2] 委員会設置会社及び公開会社は、かかる種類株式を発行することができません(会社法第108条第1項但書)。
[3] 東京高等裁判所判決平成11年(ネ)第5672号(判例時報1750号169頁)
[4] 非公開会社であることを特徴とする合弁会社の株主全員の合意事項であれば、その合意違反は定款違反に準じて扱うとの解釈も主張されていますが、そのような判断をした裁判例はみあたらず、実際にJV契約の締結を検討する際には、JV契約上の合意だけではそれに反する株主総会の決議の効力は否定されないと考えておくべきでしょう。