動画投稿サイト管理者に対する発信者情報開示請求(2021年3月22日)
動画投稿サイト管理者に対する発信者情報開示請求
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
昨今、一般人でも広告等のツールや広告収入を得る目的で、動画投稿サイトへ動画をアップロードすることが広く行われ、Youtuberという職業も珍しくはなくなってきました。しかし、誰でも情報発信ができる反面で、投稿された動画の内容が他人の著作権侵害を引き起こしかねないというリスクもあります。このような投稿された動画によって自身の著作権を侵害されたので損害賠償を請求したいと考えた場合、匿名の動画投稿者を特定できるのでしょうか。ネット上の情報流通による権利侵害に対して、侵害者を特定するための方法として、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた手段としてコンテンツプロバイダ[2]や経由プロバイダ[3]に対する発信者情報開示請求という手段があることはNamrun Quarterly №35で紹介しましたが、本稿では動画投稿サイトYouTubeのコンテンツプロバイダであるYouTubeLLCとGoogleLLCに対する発信者情報の開示請求において、原告がGoogleLLCに求めた発信者情報のうち、動画投稿者のYouTubeアカウント登録時に用いられた住所について開示を認めなかった近時の裁判例(東京地裁令和元年10月30日判決(以下、「本件裁判例」という)を紹介します。
2.事案の概要について
本件裁判例は、原告が、インターネット上の動画投稿サイトを運営する被告YouTube LLC及び同被告の通信にサーバーの提供等をしている被告Google LLCに対して、被告らの電気通信設備を経由した動画掲載によって、原告の著作権が侵害されたとして、被告YouTube LLCの保有する発信者情報として①投稿に用いられたIPアドレス、②同IPアドレスが割り当てられた電気通信設備から被告YouTube LLCの用いる特定電気通信設備に各投稿記事が送信された年月日及び時刻(タイムスタンプ)の開示を、被告Google LLCの保有する発信者情報として、①YouTubeアカウント[4]に登録されている氏名又は名称、②登録するために用いられた住所、③登録されている電子メールアドレスの開示を求めたという事案です。
3.判示内容について
本件裁判例では、原告が発信者情報として開示を求めた事項のうち、YouTubeアカウント登録のために用いられた住所を被告Google LLCが保有しているかどうかが争点となりました。裁判所はYouTubeへの動画投稿により広告収入を得ようとする利用者は、支払を受ける住所を登録してGoogle AdSenseアカウントを開設する必要があり、同アカウントの中には被告Google LLCが管理するものがあるが、同アカウントはYouTubeへの動画投稿の際に登録が必要となるアカウントとは独立した異なるものであるため、本件各投稿者が広告収入を得る目的でGoogle AdSenseアカウントへ登録をした結果、被告Google LLCが本件各投稿者の支払先住所に関する情報を管理していたとしても、同情報は、YouTubeアカウント登録時に用いられたものには該当しないと判断しました。そして、裁判所は、原告が被告Google LLCに対してYouTubeアカウント登録時に用いられた住所の開示を求めた部分については開示を認めませんでした。
4.裁判例の分析
(1)GoogleLLCを被告に加える理由
本件裁判例で原告は、YouTube LLCだけでなく、Google LLCも被告に含めています。現在のYouTubeの利用規約によれば、サービス提供者はGoogleLLCとされ(2019年12月10日に更新される前はYouTubeLLC)、有料サービス利用規約によればYouTubeLLCが動画を視聴するサービスを提供し、GoogleLLCは個別または継続的な手数料の支払を条件として有料サービスを提供するとされていますが、これらの情報では当時、YouTubeLLCとGoogleLLCがどのような関係にあったかは明確ではありません。
原告はYouTubeLLCに対しては、IPアドレスやタイムスタンプの開示を求め、GoogleLCCに対してはYouTubeアカウントに登録されている氏名又は名称、住所、メールアドレスの開示を求めているため、原告がGoogleLLCを被告としたのは、YouTubeLLCとGoogleLLCで保有している情報が異なることが理由とも思えますが、YouTubeアカウントの情報であれば、YouTubeを管理するYouTubeLLCも保有しています[5]。そうすると、あえて原告がGoogleLLCも被告に含めたのは、動画投稿者が広告収入を得る目的で動画を投稿していることから、Google AdSenseアカウントを作成し、現実の住所を登録していると推定されるため、Google LLCが保有している動画投稿者の住所という情報を得ようと考えたものと思われます。
コンテンツプロバイダに位置づけられるYouTube LLCからIPアドレスやタイムスタンプが開示されただけでは、原告はその後、さらに開示されたIPアドレスやタイムスタンプを手がかりに動画投稿者とインターネット接続契約を結んでいる経由プロバイダを割出し、当該経由プロバイダを相手に発信者の発信者情報の開示を求める必要があります。しかし、もし動画投稿者の現実の住所が原告に開示されれば、そこから、原告は動画投稿者に対する損害賠償請求を直ちに提起することが可能となります。
(2)住所の開示を求めることはできないか
裁判所は、動画投稿者が、動画投稿により広告収入を得る目的で、GoogleAdsenseアカウントを登録し、その結果、被告GoogleLLCが動画投稿者に係る支払先住所に係る情報を管理していたとしても、同情報は、動画投稿に用いられたアカウントを登録するために用いられたものには該当しないとして、開示を否定しています。
しかし、SNSであるTwitterの投稿時ではないアカウントログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプが、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するかが争点となった東京地裁令和2年2月12日判決では、プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」とは、侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく、権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含むと広く解釈されています。したがって、侵害者である動画投稿者は広告収入を得る目的であれ、動画投稿のためにGoogleAdsenseアカウントへ登録した結果、被告GoogleLLCが動画投稿者の住所を保有している以上、同情報は権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報といえると考えられます。
また、プロバイダ責任制限法4条の趣旨は、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、加害者の特定を可能にして被害者の権利救済を図る点にあり、被告GoogleLLCが侵害者である動画投稿者の住所に係る情報を管理していることが認められる以上、当該侵害者の権利保護の必要性よりも被害者の権利救済を図るべき必要性がより高いといえ、裁判所としては、原告が主張するYoutubeアカウントを登録するために用いられた住所に該当しないなどという理由で硬直的な判断を下すべきではなかったと思われます。
5.最後に
昨年8月31日にプロバイダ責任制限法4条1項の規定する総務省令が改正され、発信者の電話番号が発信者情報の開示対象に含まれました。また、総務省は意見公募も踏まえて、今年の通常国会において、プロバイダ責任制限法の改正案の提出を予定し、新制度はSNS事業者とインターネット接続事業者に対し、1回の手続きで開示を求められる制度とのことです。発信者情報は発信者のプライバシー、通信の秘密として保護され得る情報であるため、発信者が争えないままに正当な理由なく、意に反する開示を行うことがないよう配慮が必要です。しかし、現行のプロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求では被害者救済の手段として十分に機能しているとは言い難い現状があります。裁判所としては、被害者救済の観点から、開示の要件を柔軟に解釈する等の判断が期待されるところですが、現実は本稿で紹介したように硬直的な判断が下されることも多いため、法改正にあたっては発信者情報の範囲や要件を緩和するなど、プロバイダ責任制限法自体をより実効性のあるものとする改正が求められると思われます。
以上
[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと
[3] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと
[4] YouTubeアカウントはGoogleアカウントと紐付いており、通常はGoogleアカウントがYouTubeアカウントとなります。
[5] YouTubeに投稿された動画の投稿者の発信者情報開示を求めた徳島地裁令和2年2月17日判決では、YouTubeLLCに対してアカウントに登録されている情報の一部の開示を認めています。