共同開発・製品化契約の終了に関わる契約責任(2008年6月2日)
共同開発・製品化契約の終了に関わる契約責任
【本判決の提起する問題】
今回は、共同開発・製品化契約の中止、終了について判断を下した東京地裁平成19年5月22日判決をご紹介します[1]。
近年、複数の当事者が、経営資源を出し合い研究開発を行うための契約(以下、共同研究開発契約といいます。)を締結する事例が増えていますが、様々な態様があり、研究開発の方針、開発試験対象の選定、研究結果の解釈等の点について、各当事者間の意思決定の統一を図ることが重要とされています[2]。
本判決は、共同開発・製品化契約を締結したものの、詳細な義務の内容等が明確に定められていなかったために、当該契約の法的性質、損害賠償請求の可否について、裁判所が判断を下し、共同開発者の一方に開発品の完成義務を認め、逸失利益7億弱を超える損害賠償を認めたというものです。
他の会社と共同して開発・製品化契約を締結する際に注意すべき問題を提起するものとして、御一読頂ければ幸いです。
【事案の概要及び争点】
(1)原告は、電子機器の製造・販売等を業とする会社、被告は、測定機器の製造販売等を業とする会社であるところ、原告と被告は、セル(液晶パネルの製造過程で、基板に偏光板が貼られた状態のもの)の欠陥検査を自動で行う装置(以下「本件装置」といいます。)の開発及び製品化を共同で行う旨の契約(以下「本件開発契約」といいます。)を締結しました。
本件開発契約では、本件装置のうち、原告において、プローバ部分(液晶パネルをカセットから搬送し、点灯させる部分)及び本体部分の設計並びに製品開発を行い、被告において、テスタと呼ばれる欠陥自動検査部分の設計及び製品開発を行うという内容となっており、原告が本件装置の全体の取りまとめ及び販売を行うと定められました。
その後、本件装置に興味を持ったA社が、原告及び被告に対し、売買に向けての交渉を開始し、検収条件を明記した本件装置の仕様書を交付しました。
(2)A社は原告に対し、順次本件装置8台の注文を行い、原告は被告に、同機のテスタを注文しました。
原告は、納期にプローバをA社に搬入した上、テスタの進捗状況に関する被告、A社との打ち合わせにも参加しましたが、被告は、全てのテスタについて、検収条件を満たす製品を納入できず、A社から原告への本件装置の全ての注文が取り消されました。
(3)原告は、被告が仕様書記載の検収条件を満たす性能のテスタを完成させる債務を負っていたとして債務不履行を主張し、被告は、本件開発契約は準委任契約に類する契約で、開発目標に適合するよう善良な管理者の注意をもって本件装置の開発事務を遂行する義務を負うに過ぎないとして争いました(争点①)。
また、被告は、(ⅰ)A社が、ある検査方式を提案し、上手くいかない場合には、自社が責任を取ると発言したこと、(ⅱ) 欠陥の定義づけや検収のために必要不可欠である標準パネルがA社から提供されなかったこと等のため、検収が不可能となったから、自らには帰責性が無いと主張しました(争点②)。
(4)損害額については、原告にA社からの注文取消による逸失利益が認められるか、が争点となりました(争点③)。
【判旨及びその評価】
1 被告の債務の内容について(争点①)
裁判所は、原告の主張である被告のテスタ完成義務を認めました。
(1)まず、被告が受領したA社作成に係る本件装置8台分の仕様書にも、被告作成に係る本件装置の仕様書にも、同じ検収条件が明記されていたこと等から、本件開発契約の目的物たるテスタは、検収条件を満たす性能を備えるべきとしました。
次に、被告が、A社が本件装置の発注及び導入を計画していた事実、並びに本件装置を8台は原告に注文したことを知っていた事実を認定した上で、本件装置を実際に生産ラインで活用しようというA社の意図を被告が認識していたことが明らかであるから、被告は、単に本件装置の開発を行うだけでなく、製品として完成させることを合意したものと判断しました。
(2)この点、東京高判昭和57年11月29日は、生産者が大量の新製品の製造・供給を内容とするいわゆる製作物供給契約をするに際し、その製品の使用目的や大まかな規格のみを定めて製作を受注した時は、注文者が詳細な設計、仕様、工作方法等を定めて製作を依頼する場合は、概して請負契約的性格といえるが、製作者が注文者から使用目的や大まかな規格などを聞いた上で試作を重ね、注文者が満足した段階で試作製品の設計仕様、工作方法に基づく製品製作の受注を受ける場合は、確定段階までの関係は準委任契約であるとして、両者の区別基準を示しています[3]。
本判決も、この判例と同様、使用目的に関する当事者の交渉経緯、各仕様書の検収条件の記載について詳細に認定することにより、本件開発契約は、売買でも準委任でもなく、請負契約に準ずる契約であるという判断を導いたものと評価できます。
(3)なお、本判決は、本件開発契約の具体的内容を述べておらず、判然としませんが、この契約文言を認定の基礎にせず、原・被告及びA社との間の交渉経緯から、プローバとテスタの開発・製品化がそれぞれ原告、被告で明確に分担されていた事実を重視し、結果的にはA社と原告、原告と被告という2つの独立した製作物供給契約が締結されていた場合と同様の判断をしたものと考えられます。
被告としては、本件開発契約で、原・被告間の共同・協力義務を定め、また、開発不能の場合の対処方法を定めておけば良かったかと思われます。
2 被告の帰責事由について(争点②)
裁判所は、被告の帰責性を認めました。
(1)まず、(ⅰ)については、A社の意図は本件装置の開発ではなく、生産ラインでの活用であったから、A社の上記発言は、同検査方式に起因しない結果についてまで責任を負うとの趣旨でないことは明らかであり、被告も同趣旨を認識していたとしました。
(2)次に、(ⅱ)については、これらの事実によりテスタの製作が遅滞した可能性はあるも のの、本件開発契約によれば、テスタの完成は、被告が責任を負うことになっており、被告はA社との間で、複数回の打ち合わせを行っていたのであるから、被告自身がA社に標準パネルの提供を求める等して、その解消を図るべきであって、被告に帰責事由がなかったと認めることはできないと判断しました。
3 損害額について(争点③)
この点についても、裁判所は、原告の主張を全面的に認めました。
すなわち、(a)本件装置8台分のプローバの製造コスト合計2億4600万円、及び(b)テスタの不具合等によって、通常の作業以外に原告の技術者が費やした現場作業等 に対する人件費合計1200万円、(c)本件装置がA社に納入できていれば、プローバに搭載する消耗品を、原告は販売できたはずであり、それによって得られたであろう利益合計6億7500万円を損害として認めました。
本判決は、(a)(b)の実損のみならず、(c)本件装置に付随して将来受注できていたはずの商品の販売利益3年分についても逸失利益に含まれるとして、原告の主張を全面的に認めた点においても、先例としての意義があります[4]。
この点、争点②も同様ですが、被告としては、事前に原告と協議し、開発が上手くいかない場合の処理、リスク分担等について、明確に定めておくべきであったといえます。
以上
[1] 判例時報(1992号)89頁以下参照。
[2] 実務契約法講義(佐藤 孝幸著)521頁以下参照。具体的には、費用の分担、秘密の保持、品質保証、共同研究開発の成果の帰属と利用、契約の中止、終了等について、予め詳細な合意をしておく必要があるとされています。なお、態様としては、分担して研究開発を行う場合、当事者の一方が主に研究開発活動を行い、他方当事者が主に費用を負担する場合、共同研究に参加する当事者が共同で、株式会社などの組織を作り、その組織が研究開発を行う場合などが挙げられています。
[3] 判例タイムズ(No.489)62頁以下、判例にみる請負契約の法律実務(山口 康夫著)18頁以下参照。水と薬品の化学反応を利用した携帯用瞬間冷却パックの製作について水漏れが生じたという事案について、少なくとも最初の5万個については、準委任契約としての試作供給義務を負うに過ぎないと判断しました。
[4] 大阪地判平成7年12月20日は、分譲住宅に設置する階段昇降補助装置の製作物供給契約が発注者により一方的に解除された事案で、完成した製作物の転用可能性が無いとして、原告主張の全損害額を認定しています。詳細は、判例タイムズ(No.914)182頁以下参照。