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公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク(2020年12月18日)

公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク

弁護士 倉本武任

1.はじめに

令和2年6月12日に公益通報者保護法の一部を改正する法律(以下、「改正法」といいます)が公布され、改正法は公布の日から2年以内に政令で定める日から施行されます。現行の公益通報者保護法(以下「現行法」といいます)は、公益通報をした者(以下「公益通報者」といいます)を保護するルールを定め、多くの企業では、現行法を踏まえて、社内において内部通報窓口を整備されていると思われます。今般の改正法では公益通報対応業務に従事する従業員に対して罰則付きの守秘義務が課されるなど、内部通報窓口を担当することが想定されるコンプライアンス部門等の従業員にとっても注意すべき改正が行われています。そこで、本稿では改正点の概要について説明した後、改正点を踏まえて内部通報窓口担当者としてのリスクについて検討します。

 

2.改正法における改正点の概要

改正法では、以下の視点による改正が行われています。

1)公益通報者保護の視点
ア 公益通報の主体の拡大

現行法では、公益通報の主体について、労働基準法9条の労働者に限定していましたが、改正法では、新たに退職者、役員[1]が追加されました(改正法2条1項1号、4号)。なお、退職者については、退職後1年以内に通報した者に限定されています。

イ 通報対象事実の範囲の拡大

現行法では、通報対象事実の範囲は、刑事罰の対象となる行為に限定されていましたが、改正法では新たに過料の対象となる行為も含まれました(改正法2条3項1号)。

ウ 行政機関以外への外部への通報保護要件の緩和

改正法では、報道機関等の通報対象事実の発生又は被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する通報(改正法3条3号)を理由とする不利益取扱いから保護されるための要件を緩和しています。現行法が定める真実相当性の要件(通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「信ずるに足りる相当の理由がある場合」に保護するという要件)に加え、特定事由のいずれかに該当する場合という要件に関して、新たに特定事由となる場合を追加する形で保護要件を緩和しています。

エ 通報行為に伴う損害賠償の制限

改正法では、事業者は、公益通報がされたことによって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して損害賠償をすることができないとの規定が設けられました(改正法7条)。

2)事業者自体における不正の是正の視点
ア 内部通報体制整備の義務付け

改正法では、常時雇用する労働者の数が300人を超える事業者に対し、公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備等(窓口設定、調査、是正措置等)を義務付けました(改正法11条1項、2項)。

イ 公益通報対応業務従事者の守秘義務

改正法では、公益通報対応業務従事者又は公益通報対応従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないこととし、当該事項の漏えいを禁止しています(改正法12条)。この守秘義務に違反した者には、30万円以下の罰金が課されます(改正法12条、21条)。

3)行政機関への通報を行いやすくするという視点
ア 行政機関への通報保護要件の緩和

改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関への通報については、真実相当性の要件を満たす場合だけでなく、真実相当性がない場合でも、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、かつ、氏名・名称、住所・居所等一定の事項を記載した書面等を当該行政機関へ提出する場合も保護されます(改正法3条1項2号)。

イ 行政機関における外部通報対応体制整備の義務付け

改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関は、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならないとされています(改正法13条2項)。

 

3.内部通報窓口担当者のリスクについて

1)守秘義務の対象判断が困難である点

多くの企業では、不正事案だけでなく、パワハラ、セクハラ事案(以下「ハラスメント事案」といいます)についても、同じ内部通報窓口で相談を受けるケースが多いのではないかと思います。パワハラが暴行(刑法208条)・脅迫(刑法222条)などの犯罪行為に該当する場合や、セクハラが強制わいせつ(刑法176条)などの犯罪行為に該当する場合には、このようなハラスメントに係る通報は「公益通報」(改正法2条1項)に該当するため、前述のとおり公益通報対応業務に従事する従業員は守秘義務を負うことになります。他方で、内部通報窓口にハラスメント事案の相談があった場合、そもそも「公益通報」に該当するような事案なのか否かを、内部通報窓口担当者が早期に判断することは困難なため、内部通報窓口担当者としては、通報者含め関係者等に対して事実関係を調査する場合がありますが、通報者自身が被害者である場合、調査過程において、被害者である通報者を特定しないことは困難であり、厳しい守秘義務を課すことが妥当でない場合もあります。改正法12条では、「正当な理由」がある場合に公益通報対応業務従事者の守秘義務を免除しており、消費者庁の国会答弁によれば、この「正当な理由」には公益通報者本人の同意がある場合や法令に基づく場合のほか、公益通報に関する調査等を担当する者の間での情報共有等、通報対応に当たって必要な場合などを想定しているとされています[2]。しかし、どこまでの範囲が通報対応に当たり必要な場合として「正当な理由」となるのかの判断は、内部通報担当者には困難であり、同担当者は、改正法の定める罰則付きの守秘義務を自身が負っているか判断がつかない状況で対応せざるを得ないというリスクを負います。

2)通報者等による訴訟に巻き込まれる可能性がある点

ハラスメント事案の調査では、内部通報窓口担当者は、通報者に対する守秘義務とは別に、加害者や目撃者等の関係者からも守秘義務を前提として聴取を行うため、関係者からの聴取内容や判断過程の詳細を通報者に対して報告することができない場合もあり、その結果、通報者に対して内部通報窓口担当者が適切な対応をしていないのではないかとの疑義を抱かせてしまう可能性もあります。実際に、会社の上司によるパワーハラスメントに対して、内部通報窓口に相談を行った原告が、当該上司や会社だけでなく、相談を行った内部通報窓口担当者に対して損害賠償を請求した事案[3]もあるなど、調査に関わった内部通報窓口担当者は、守秘義務を遵守したとしても、訴訟に巻き込まれるリスクもあり得ます。

 

4.最後に

改正法の定める厳しい守秘義務を内部通報窓口担当者に課すことになれば、従業員としてもそのようなリスクを負う内部通報窓口担当者になることはより一層躊躇するように思われます。内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドラインにおいても、通報に係る秘密保持の徹底にあたり、外部窓口の活用が挙げられていますが[4]、改正法による内部通報窓口担当者のリスクを軽減するうえでも、調査は法律事務所のような外部窓口に任せる等、各企業においてはより一層、外部窓口の活用が求められると考えられます。

 

 

[1] 改正法では、「役員」は法令の規定に基づき法人の経営に従事している者に限られるため、相談役や顧問等は含まれません。

[2] 第201回国会衆議院消費者問題に関する特別委員会議録第5号12~13頁(令2.5.9)

[3] 東京地裁平成26年7月31日判決判例時報2241号95頁 同判決では結論として内部通報担当者に対する不法行為に基づく損害賠償請求の成立は否定されていますが、原告は、内部通報担当者が通報事実について、適切な調査を行い、しかるべき対応をとらなかったことや、判断過程などの開示を拒否したことを主張しています。

[4] 平成28年12月9日 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」8~9頁

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