リニエンシーと国際カルテル(2008年2月18日)
リニエンシーと国際カルテル
弁護士 中島 康平
Ⅰ. はじめに
昨年12月,公正取引委員会(公取委)が海上での石油輸送に使われるマリンホースの納入をめぐる国際カルテルで海外メーカーに初めての排除措置命令を出す方針を固めた一方,米国司法省(DOJ)などにリニエンシーを申請した国内メーカーについては処分を見送る方針である旨の報道が行われました。
そこで,今回は,平成17年独占禁止法(独禁法)改正で導入された課徴金減免制度(リニエンシー)と苗村もDOJとの交渉で得たことのある米国の企業に対するそれを比較し,リニエンシーの導入が国際カルテルに及ぼす影響について考えてみたいと思います(企業だけでなく,会社の役員等の個人の責任も問題になりますが,本稿ではこの点は割愛させて頂きます。)
Ⅱ. 日米のリニエンシーの比較
別 表
日 本
①課徴金を納付すべき事業者であること
②単独で,当該違反行為をした事業者のうち最初に(2番目,3番目)公取委に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行った者であること
③当該違反行為に係る事件についての調査開始日以降において,当該違反行為をしていた,当該違反行為をしていたものでないこと
(④一般調査,犯則調査その他により公取委がすでに把握している事実以外の事実に係る報告・資料の提出であること)
米 国 (A)
①刑の免責を申し出る会社が反トラスト局に反トラスト法違反の不法行為を反トラスト局に報告しようとしたときに同局がまだほかの情報源から情報提供を受けていないこと
②刑の免責措置を申し出る会社が自らの反トラスト法違反行為に気がついたときにただちにその行為を止めたこと
③刑の免責措置を申し出る会社は,誠実にまた完全にその反トラスト法違反行為について報告し,反トラスト局の捜査の間完全かつ継続的な協力を行うこと
④反トラスト局への違反行為の報告は,それにかかわった個々の役職員の単独のものではなく,その会社の行為として行われること
⑤可能な場合に,刑の免責措置を申し出る会社は損害を被った者に対し,賠償を行うこと
⑥刑の免責措置を申し出る会社が,ほかの当事者を違反行為に参加するよう強制しておらず,違反行為の首謀者や,リーダーではないこと。
米 国 (B)
①刑の免責措置を申し出る会社が,反トラスト法違反行為に関し,情報提供して刑の免責を求める最初の当事者であること
②刑の免責措置を申し出る会社が,情報提供を申し出たときに,反トラスト局が,その会社に対して十分な証拠を有しておらず,そのままでは,不起訴に終わる可能性が高い場合
③刑の免責措置を申し出る会社が自らの反トラスト法違反行為に気がついたときにただちにその行為を止めたこと
④刑の免責措置を申し出る会社は,誠実にまた完全にその反トラスト法違反行為について報告し,反トラスト局の捜査の間完全かつ継続的な協力を行うこと
⑤反トラスト局への違反行為の報告は,それにかかわった個々の役職員の単独のものではなく,その会社の行為として行われること
⑥可能な場合に,刑の免責措置を申し出る会社は損害を被った者に対し,賠償を行うこと
⑦反トラスト局が,その反トラスト法違反の性質,刑の免責を申し出る当事者のその行為の中での役割,その当事者が情報提供を申し出た時期などを考慮して刑の免責を与えることが,他の当事者にとって不公平とならないと決定する場合
1 要件
日米において企業がリニエンシーを受けるために必要な要件は,下の表に掲げたとおりです。
日本では基本的に①ないし③の要件を満たすことが必要です。このうち,②は調査開始日までに行われることが必要ですが,調査開始日までに報告及び資料の提供を行った者が3社に達しない場合には,祝休日を除く20日以内に②を行い(さらにそれ以降,当該違反行為をしていた者以外の者であり),かつ,④の要件を満たす場合には,減額が認められます(ただし,調査開始前後を通じて3社に限られます。)。
もっとも,他の事業者に対し違反行為を強要し,又は当該違反行為をやめることを妨害していた場合や報告及び提出資料に虚偽の内容が含まれていた場合などでは,減免を受ける地位を失います。
一方,米国における企業に対するリニエンシー(Corporate Leniency Policy)は,捜査開始の前後で表のA,Bに区別され,捜査開始前にAの6要件を満たすか,同要件を満たさない場合や捜査開始後でも,Bの7要件を満たすことでリニエンシーを受けることができます。
2 効果
上記要件を満たす場合,日本では,公取委が行政上の措置として納付を命じる課徴金について調査開始日前の申請事業者は,1番目が全額免除,2番目が50%,3番目が30%の減額が受けられ,調査開始日後の申請事業者は30%の減額を受けられます。一方,米国では,刑事訴追の免責が受けられ,企業はシャーマン法違反による高額の罰金を免れることができます。
3 対象事業者
日本では,課徴金減免の措置を受けることができる事業者は,3社に限られます。
一方,米国では,刑事訴追の免責を受けられるのは,最初の企業に限定されています(別表A,Bの①参照)。ただし,2番目以降であっても,司法取引制度や米国量刑ガイドラインによる罰金の減額があり得るほか,別の関連市場で行われている違法行為についてリニエンシーを申請し,リニエンシーを受けることができ,2番目以降の市場における違反行為について有罪の答弁を行うと,別の関連市場での協力が考慮され量刑の軽減を受けることができます(アムネスティ・プラス制度)。他方,このアムネスティ・プラス制度が利用できるにもかかわらず利用しない場合,後にその違反行為が摘発された場合には,反トラスト局は罰金額の増額を裁判所に求めることができるとされています(ペナルティー・プラス制度)。
4 刑事責任との関係
米国のリニエンシーの刑事訴追の免責を認めるものですが,日本のリニエンシーは,行政上の措置である課徴金を対象とし,課徴金額の減免を認めるものです。日本においても,カルテルについては刑事責任が規定されていますが,公取委は,調査開始日前の1番目の事業者に対し刑事告発しないことを明らかにしています。公取委の専属告発に係る場合(独禁法96条1項)でも,告訴・告発不可分の原則(刑訴法238条2項・同条より法的には検察官が起訴することは可能ですが,法務省は,検察官が公取委が告発を行わなかった事実を十分考慮すると説明しています。
Ⅲ. 国際カルテルとリニエンシー
1 日本,米国,EUの間では既にそれぞれの間で,反競争行為の摘発に関する二国間の執行協力協定が存在します(通常,第一世代の協定と呼ばれます。)。しかし,国際カルテル摘発に大きな期待が寄せられるリニエンシーについて,ひとつの国がその制度を持たない場合には,その国での制裁をおそれて,当局に対する情報提供が行われないおそれがあると指摘されていました。今回,日本においてもリニエンシーが導入されたことにより,国際的な執行協力体制は確実に一段階ステップアップしたことになります。
2 ただ,米国やEUでリニエンシーの適用を受けた事業者(外国事業者も含めて)に対し,日本の独禁法を域外適用し公取委が課徴金納付命令を命じることができるのかなど国際カルテルに対する域外適用を検討する上で重要な問題はまだ残っており,今後の公取委の運用を見守る必要があります(冒頭で述べたマリンホースの事件についても米国にリニエンシーを申請した国内の事業者について公取委は処分を見送る方針であると報道されています。なお,本年1月から「競争法の国際的な執行にかかる研究会」が設置され,独禁法の海外企業への適用積極化を盛り込んだ提言がなされる方針であるとの新聞報道もされています。)。
さらに,上記Ⅱで見たように日米のリニエンシーは,制度として異なる点がありますし(また,EUのリニエンシーも異なります。),国際カルテルにおいて考えなければならないリスクは日本の課徴金,米国における罰金だけにとどまらず,EUにおける高額の制裁金,米国における3倍額損害賠償訴訟などが含まれますし,もちろん企業だけでなく企業の役員,従業員の責任も問題になります。
企業としては,これら主として日本・米国・EUにおける様々な法的リスクやリニエンシー制度の相違を考慮した迅速かつ全世界的な対応とコンプライアンス体制の構築が求められることになります。
参考文献:
‣金井貴嗣ほか編『独占禁止法〔第2版〕』弘文堂
‣井上朗『リニエンシーの実務』LexisNexis
‣上杉秋則・山田香織『リニエンシー時代の独禁法実務』LexisNexis
‣佐藤潤「米国における反トラスト法違反行為に対するリーニエンシー制度について」(国際商事法務492巻757頁)
‣苗村博子「米国における反トラスト法に関する司法取引」(国際商事法務458巻919頁)