フラダンスの振付に著作物性を認めた判決について(2019年2月28日)
フラダンスの振付に著作物性を認めた判決について
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
2018 年9 月20 日に、大阪地方裁判所で当事務所が原告代理人を務めた裁判において、原告のフラダンスの振り付けに著作物性を認める判断が下されました(以下「本判決」といいます)。舞踊は、著作権法上、著作物の一つに例示されており(著作権法10 条1項3 号)、振り付けを創作した者は、著作権、著作者人格権を有します(同法2 条1 項2号、17 条1 項)。著作物として認められるには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要であり、過去の裁判例では、社交ダンスについて、振り付けの創作物性が否定されるなど(以下「Shall we ダンス?事件判決」といいます)※1 ダンスの振り付けについて通常より高度の創作性が求められているとも考えられていました。しかし、本判決は、フラダンスの振り付けの著作物性の有無を判断するにあたり、Shall weダンス?事件判決が示した枠組みではない、新たな判断を示しました。
2.事案の概要について
ハワイ在住のクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者)である原告は、従前フラダンス教室事業を営む被告と契約を締結したうえ、被告やその会員に対してフラダンス等の指導、助言を行っていました。原告は、フラダンスの各楽曲を作詞作曲するとともに、それら又は他者が作詞作曲した楽曲について、フラダンスの振り付けを作り、被告の会員に対してそれらの振り付けを指導、助言し、会員は当該振り付けを、被告主催のイベントで上演したり、イベントに参加するための練習として教室で上演していました。
その後、両者の契約関係が解消され、原告は、以後は自ら作ったフラダンスの振り付けを被告の会員が上演することを禁止する意向を示しましたが、被告は、契約関係解消後も、少なくとも、原告作成の振り付けの一部を使用することがありました。そこで、原告が被告に対して、著作権侵害に係る請求として、そのうちのさらに一部を取りあげて(以下、「本件各振り付け」といいます)、著作権法112 条1 項に基づき、その上演の差し止めおよび損害賠償請求を求めました。
3.本判決における主要な争点
本件各振り付けのうち、原告が著作権を有する著作物であると被告も認める振り付け※2 を除く振り付け(以下、「対象振り付け」といいます)について著作物性が認められるかが主要な争点となりました。
4.本判決の判断について
(1)作者の個性の表れと認めることができるか否かについて
本判決は、フラダンスの特殊性は、楽曲の意味についてハンドモーション等を用いて表現することにあるとしたうえ、ハンドモーションとステップのそれぞれについて、作者の個性の表れと認めることができる場合とできない場合を示しました。
そして本判決は、ハンドモーションについて、①ある歌詞に対応する振り付けの動作が、歌詞から想定される既定のハンドモーションでも、他の類例に見られるものでも、それらと有意な差異が(ある)場合、②たとえ動作自体はありふれたものであったとしても、それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られない場合、③歌詞の解釈が独自であり、そのために振り付けの動作が他と異なるものとなっている場合には、作者の個性が表れていると認めるのが相当であると判断しました。
(2)舞踊の著作物性が認められる範囲
本判決は、楽曲の振り付けとしてのフラダンスは、作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相まった一連の流れとして成立するものであるから、そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には、舞踊として成立するものであり、その中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当であると判断しました。
(3)著作権侵害の成否の判断基準
本判決は、振り付け全体を対象として検討すべきであるとしたうえで、フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に、その侵害が認められるためには、
①侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に、作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振り付けの動作が含まれることが必要なことに加えて
②作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて、当該ひとまとまりの上演内容について、当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当であると判断しました。
(4)具体的あてはめ
本判決は、対象振り付けについて振り付けごとに、一定の歌詞に分け、分けた歌詞に対応する振り付けの動作について、原告の個性が表れているかそれぞれ検討したうえで、振り付け全体について、完全に独自な振り付けが見られるだけでなく、他の振り付けとは有意に異なるアレンジが全体に散りばめられていることから、全体として見た場合に原告の個性が表現されており、対象振り付けについて各振り付け全体としての著作物性を認めるのが相当であると判断しました。
5.本判決に対する検討
(1)求められる創作性について
Shall we ダンス?事件判決は、既存ステップの組み合わせを基本とする振り付けが著作物に該当するには、単なる既存のステップにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性※3 を備える必要があるとし、その理由として振り付けの自由度が過度に制約されることになりかねないことをあげます。
しかし、本判決は、創作性については、独創性までは求めず、作者の個性の表れと認められるか否かという観点から判断し、原告の対象振り付け全てについて曲全体の振り付けに著作物性を認めています。
舞踊の振り付けについては基本動作※4 であっても組み合わせには個性が発揮され、身体を使った動きも多様で、表現の選択の幅は広く捉えることができるとも考えられ、Shall we ダンス?事件のような独創性まで求めず、個性の表れで足りるとした点は、創作性の要求水準を下げつつある判例※5 の潮流にも乗ったものとして、権利者側には十分評価されるものと思われます。
(2)振り付け全体の著作物性を問題とする点について
本判決は、振り付け全体の著作物性を問題としていますが、楽曲の振り付けとしてのフラダンスは、ひとまとまりとしての動作の流れを対象として初めて、舞踊として成立するものであることからすれば、振り付け全体が対象となるのは当然と思えます。
そして、フラダンスの特徴からすれば、著作者としても個々のハンドモーションやステップではなく、上演内容たる振り付け全体が自身の著作物と考えるものと思われます。また、実際に振り付けを創作するにあたっても、振り付け全体との関係で、個々の振り付けの動作を考える以上、振り付け全体の著作物性を問題とした本判決は、創作活動の実態を踏まえたものとも考えられます。
※ 1: 東京地裁平成24 年2 月28 日判決
※ 2: 当該振り付けについては、被告は契約関係解消以降、当該振り付けの使用をしていないと主張しています。
※ 3: 上野達弘 コピライトNo.686/vol.58 2018 年6 月号 13頁~15頁ではそもそもこのフレーズは、タイプフェイスの著作物性が問題となったゴナU 事件最高裁判決(最高裁平成12 年9 月7 日第一小法廷判決)が示したフレーズであり、あくまで印刷用書体に限って妥当すると理解すべきとされています。
※ 4: 上野達弘 法学教室 2018 年2 月号「舞台芸術と知的財産法」29 頁 注釈11 では、古典フラとは異なり、現代フラにおいては、多種多様なハンドモーションやステップ、身体の向き、顔や目線の向き、重心の位置、ターンの仕方等の選択と組み合わせが行われるものであるとして、フラダンスの創作性を肯定することに好意的な意見を述べています。
※ 5: TRIPP TRAPP という赤ちゃん用椅子のデザインに著作物性を認めた知財高裁平成27 年4 月14 日判決、ピクトグラムに関する大阪地裁平成27 年9 月24 日判決など。