クロレラチラシ配布差止訴訟と消費者契約法上の「勧誘」の意義(2017年7月21日)
クロレラチラシ配布差止訴訟と消費者契約法上の「勧誘」の意義
弁護士 田中 敦
1. はじめに
本年1 月24 日、最高裁が、サン・クロレラ販売株式会社(以下「サン・クロレラ」といいます)による広告チラシの配布について、消費者契約法上の「勧誘」に該当し得るとの判断を下しました。当該判断は、不特定多数に向けた広告であっても、消費者契約法に基づく差止請求等の対象となり得るとする点で、従前の行政解釈を実質的に変更するものであり、今後の広告の在り方に大きな影響を与えるものと考えられます。
2.事実の経緯
サン・クロレラは、昭和48 年頃からクロレラ(単細胞の緑藻類)を原料とした健康食品を販売している会社です。
平成25 年8月、「日本クロレラ療法研究会」の名義で、クロレラには免疫力を整え細胞の働きを活発にするなどの効用がある旨の記載や、クロレラの摂取により高血圧等の様々な疾病が快復した旨の体験談等の記載がある折り込みチラシ(以下「本件チラシ」といいます)が配布されました。本件チラシには、具体的な商品名の記載はなく、本件チラシに記載された研究会の連絡先への問合せがあれば、サン・クロレラから問い合わせた者へ商品カタログが送付されていました。
消費者契約法に基づく認定を受けた適格消費者団体(特定非営利活動法人京都消費者契約ネットワーク)は、本件チラシの配布は消費者契約法上の「勧誘」にあたり、サン・クロレラが実質的な配布主体であるところ、本件チラシには消費者に対する不実告知が含まれると主張して、その配布の差止めを求めて提訴しました 。
原判決(大阪高裁平成28 年2 月25日判決)は、景品表示法に基づく差止請求※1 を認めた第一審判決(京都地裁平成27 年1 月21 日判決)を破棄した上、消費者契約法に基づく差止請求についても、同法上の「勧誘」には「事業者が不特定多数の消費者に向けて広く行う働きかけ」は含まれず、本件チラシの配布は「勧誘」にあたらないとして、適格消費者団体の請求をすべて棄却したところ、これに対し同団体が上告しました。
3.最高裁の判示した内容
(1) 本件における争点
(消費者契約法上の「勧誘」の意義)消費者契約法4条各項は、事業者による消費者契約の締結の「勧誘」に際して、不実告知(重要事項について事実と異なることの告知)や不利益事実(重要事項について消費者の不利益となる事実)の不告知を禁止し、これに違反した場合の消費者の取消権を定めています。また、同法12 条1項及び2 項では、適格消費者団体は、消費者契約の締結の「勧誘」に際し、事業者が上記の各禁止行為を現に行い、または行うおそれがあるときには、当該事業者に対し、それら行為の差止め等を求めることができると定めています。
本件の最高裁判決では、本件チラシの配布が、消費者契約法上の「勧誘」に該当し、適格消費者団体による差止めの対象となるか否かが争点となりました。
(2) 最高裁の判示
最高裁は、本件チラシの配布が「勧誘」にあたらないとした原判決の判断を是認することができないと判示しました。
その理由として、最高裁は、消費者契約法は消費者の利益の擁護を図ること等を目的とするところ、事業者が「その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得る」として、不特定多数に向けた働きかけを一律に「勧誘」から除外することは同法の趣旨目的からして相当でないことを挙げました。
もっとも、最高裁は、サン・クロレラは本件チラシを現に配布しておらず、また配布するおそれもあるとはいえないとして、結論としては適格消費者団体の請求をいずれも棄却した原判決を是認しました。
4.本判決が今後の広告実務に与える影響
どのような消費者への働きかけが消費者契約法上の「勧誘」にあたるかについて、従前の消費者庁の見解※2 では、不特定多数の消費者に向けて広く行う働きかけは「勧誘」には含まれないと解されていましたが、これに対する根強い反対意見もありました。
この点、本判決は、不特定多数に向けた働きかけであっても「勧誘」に該当し得ると判示し、従前の行政解釈を実質的に変更したものといえます。現に、本判決翌日の消費者庁の会見※3 では、消費者庁長官から「昨日出されました最高裁の判決は、大変重要なものと考えております」と述べられ、その後消費者庁が改定した消費者契約法の逐条解説では、本判決に関する記載が新たに設けられるに至りました。
本判決は、今後の広告実務にも大きな影響を与え得るものです。例えば、事業者のウェブサイト上での商品紹介が「勧誘」にあたるとすれば、当該サイトでの商品内容、価格、取引条件等の説明中に不実告知や不利益事実の不告知があると判断された場合、当該商品を購入した消費者による取消権が発生し、また、そのような広告は適格消費者団体からの差止請求の対象となります。そのため、事業者としては、不特定多数の消費者に向けた広告チラシやインターネット広告であっても、その記載内容から消費者に誤認を生じさせることのないよう、より慎重な検討が求められることとなります。
5.おわりに
消費者契約法に関する規制以外でも、昨年4月に景表法の不当表示への課徴金制度が導入され、本年1 月には自動車メーカーに対し4 億8000 万円程の課徴金納付が命じられるなど、広告表示への規制は近年さらに厳格化しています。各事業者においては、広告規制への違反が重大な経済的リスクや信用棄損につながり得ることを認識した上、自社広告のチェック・管理体制の整備への意識を高めることが重要となります。
※ 1:消費者契約法に基づく差止請求と合わせて、本件チラシの記載内容が優良誤認表示に該当するとして、景品表示法に基づく差止請求がなされました。第一審判決は、サン・クロレラと本件チラシ作成者の一体性、及び、本件チラシの優良誤認表示該当性を認め、同法に基づく配布の差止めを命じました。しかし、原審判決では、サン・クロレラが本件チラシを今後配布するおそれが認められないとして差止めの必要性が否定され、同法に基づく適格消費者団体の請求が棄却されました。
※ 2:消費者庁消費制度課『逐条解説消費者契約法[第2版補訂版]』(商事法務・2015 年)109 頁
※ 3:消費者庁ウェブサイト「岡村消費者庁長官記者会見要旨(平成29 年1月25日(水))」の「2.質疑応答」