『二段階買収における全部取得条項付種類株式の取得価格に関する裁判例のご紹介』(2016年7月13日)
『二段階買収における全部取得条項付種類株式の取得価格に関する裁判例のご紹介』
弁護士 佐藤 有紀
最高裁平成28 年7 月1 日決定(株式取得価格決定に対する抗告許可決定に対する許可抗告事件。以下「本決定」といいます。)が7 月4 日に公表されました。上場廃止を目的とするMBO や上場子会社の完全子会社化のためのいわゆる二段階買収¹が採られる際の全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定に関する最高裁の判断であり、実務にも影響があるものと思われます。
平成26 年会社法改正前においては、このような二段階買収を行う場合、①公開買付けを行った後、②普通株式を全部取得条項付種類株式に変更した上全部取得条項を行使し、公開買付けに応じなかった少数株主に対して対価として金銭を交付することによりクイーズ・アウトする手法が一般的に採用されていました。
本決定は、この②で行われる全部取得条項付種類株式の取得価格が①で行われる公開買付けによる買付価格(以下「公開買付価格」といいます。)と同額であるのに対し、少数株主が取得価格の決定の申立て²をした事案に対する最高裁の判断です。
原審は、公開買付け公表時においては、公開買付価格は公正な価格であったと認められるものの、その後の各種の株価指数が上昇傾向にあったことなどからすると、取得日までの市場全体の株価の動向を考慮した補正をするなどして全部取得条項付種類株式の取得価格を算定すべきであり、公開買付価格を取得価格として採用することはできないとしました³。
これに対して、最高裁は、「独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど多数株主等と少数株主との間の利益相反関係の存在により意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ、公開買付けに応募しなかった株主の保有する上記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われ、その後に当該株式会社が上記買付け等の価格と同額で全部取得条項付種類株式を取得した場合には、上記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り、裁判所は、上記株式の取得価格を上記買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。」と判断しました。その理由としては、上場廃止を目的とするいわゆるMBOや上場子会社の完全子会社化といったディールにおいては、第1段階の公開買付価格は「全部取得条項付種類株式の取得日までの期間はある程度予測可能」であり、取得日までに生ずる株式取引市場の「一般的な価格変動についても織り込んだ上で定められている」ことが挙げられています。
MBO や上場子会社の完全子会社化といったディールでは、多数株主又は会社と少数株主との間に利益相反関係が存在することになりますが、本決定によれば最高裁は、独立した第三者委員会や弁護士等の専門家の意見を聴くなど公開買付け(とその後に想定される少数株主のスクイーズ・アウト)の過程・手続が公正であれば、裁判所が実体的に価格を算定することは行わずに、公開買付価格と同額であることをもって相当とするという立場を採用したものと評価することができるでしょう。今後は、少数株主による会社法第172 条第1 項に基づく取得価格の決定の申し立てが行われる可能性が低下するのではないかと思われます。
もっとも、本決定はあくまで、全部取得付条項種類株式に関する会社法172 条第1 項の取得価格の決定についての判断であり、平成26 年会社法改正後において、スクイーズ・アウトの手段として利用されるようになった株式併合や特別支配株主による株式等売渡請求における価格決定の申立においても、本決定と同様の判断がなされるかは別途の検討が必要でしょう。
¹ 一般的に、第一段階として公開買付けを行い第二段階として公開買付けに応じなかった株主をスクイーズ・アウトすることをいいます。
² ①全部取得条項付株式の取得に反対する旨を会社に通知しかつ株主総会において反対した株主及び②決権を行使することができない株主は、取得日の20 日前の日から取得日の前日迄の間に、裁判所に対し、取得価格決定の申立てをすることができます(会社法172 条1 項)。
³ 結論として、公開買付価格は123,000 円であったのに対し、取得価格として130,206 円としました。