「餅」の特許権に基づく侵害差止等請求事件(2012年8月3日)
「餅」の特許権に基づく侵害差止等請求事件
【はじめに】
今回は,側面に切り込みを入れた「切り餅」の特許を侵害されたとして,「越後製菓」が「佐藤食品工業」を訴えた裁判につき,佐藤食品による特許権の侵害を認めた控訴審の中間判決(知財高判平成23年9月7日・判時2144号121頁)をご紹介します。
【事案の概要】
原告は,切り餅の側面に水平方向の切り込みを入れることで,焼いて膨らんだ際に表面が破れることを防止する,という特許を2002年10月に出願し,2008年4月に登録されていました。一方で,被告は,側面だけでなく上下にも切り込みが入った切餅で,原告に後れて特許出願し,登録を果たしていました。原告は,この製品が自社の特許を侵害しているとして,被告製品の製造,譲渡等の差止め並びに被告製品およびその製造装置の廃棄と,約14億8000万円の損害賠償を求めて提訴しました。
【裁判の経緯】
原審(東京地判平成22年11月30日)は,被告製品は,本件発明の構成要件を充足せず,本件発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,請求をいずれも棄却しました。これに対して,控訴審は,本件発明の技術的範囲に属するとして,特許権侵害を認める中間判決を下しました[1]。
【検討】
1 技術的範囲の認定手法
本裁判では,原審と控訴審とで正反対の結論が下されました。もっとも,特許発明の技術的範囲の解釈方法については,原審も控訴審も基本的に同様の立場に立っています。
すなわち,本件の争点は,問題となる被告製品が,原告の特許発明の技術的範囲に属するか否かであるところ[2],特許発明の技術的範囲は,特許出願時の願書に添付する明細書と,特許請求の範囲の記載及び図面を考慮して解釈されます(特許法70条1項,2項)。特許請求の範囲は,「クレーム」と呼ばれ,請求項に区分し,請求ごとに,発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載せねばなりません(特許法36条5項)。このように,文言による解釈が原則となりますが,多義的な解釈が可能な場合には,出願経過等も参考にする場合があります[3]。そして,特許は特許請求の範囲に記載された構成要件によって全体として規定されるところ,特許権侵害が成立するためには,原則として対象製品または方法が構成要件のすべてを満たす必要があります。
2 本事案における判断
本判決で問題になったのは,原告の特許請求の範囲に記載された請求項の「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなく…側周表面に,…切り込み部又は溝部を設け」という部分です[4]。
上記請求項につき,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを除外する意味を有すると理解した原審に対し,控訴審は,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」を特定するための記載であり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属するものと判断しました。
3 解釈のポイント
原審と控訴審で解釈が分かれたポイントは,特許請求の範囲の記載中の句読点の位置でした。
本中間判決では,問題となった請求項を上記のように解釈した根拠として,次のように述べています。「『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分の直後に,『この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に』との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は,その直後の『この小片餅体の上側表面部の立直側面である』との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。」。つまり,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は越後製菓の技術的特徴ではなく,単なる修飾にすぎず,「側面に切り込みを設けること」だけに技術的特徴がある,という解釈です。
4 均等論
本件では,原告は原審で均等論を主張せず,控訴審において初めて追加し主張したのですが,控訴審は,文言解釈により侵害ありと判断したため,均等論についての判断はなされませんでした。
均等論とは,対象製品に文言侵害がないとされた場合でも,一定の要件[5]を充足すれば,対象製品は特許発明の構成と実質的同一と評価されるとして特許権を及ばせる理論です。特許権の禁止権の及ぶ範囲を拡張する理論として,古くから米国で認められてきた考え方でしたが,日本では最近になって最高裁[6]により認められました。従来,日本では,文言侵害を厳格に妥当させることが要求されていました。クレームには公示機能(特許法70条)があり,クレームを信頼して実施した第三者にとって,予見可能性・法的安定性が高いというメリットがあるからです。しかし,日本の先進化に伴い,パイオニア発明の保護が求められるようになると,保護範囲を文言の範囲内のみとする従来の考えは衡平の原則に反する場合を含むといわれるようになり,こうした意識を背景に均等論が登場しました。
本事例では,仮に文言侵害が否定されたとして,均等論が必ずしも意味を持つかは定かではありませんが,特許権侵害を考えるうえで重要な理論のひとつとなっています。
【終わりに】
均等論は,第三者の予見可能性を退けてまで,特許出願人のクレーム記載不備を救済するかどうかという問題です。均等論による特許発明の保護は依然慎重にならざるをえず,均等侵害が肯定された裁判例[7]は,それほど多くありません[8]。やはり,権利解釈上,クレーム文言が最も重要であることは言うまでもないのです。クレームの記載にあたっては,解釈に幅をもたせず,かつ無用な限定とならないように,簡潔で明快な記載が求められることを,本判決から学ぶことができるのではないでしょうか。
[1] 特許侵害訴訟では,被告製品の製造販売が,原告の特許権侵害に該当するかを審理する「侵害論」と,その侵害行為により生じた損害の額を審理する「損害論」との二段構えで進められるのが一般的で,本中間判決は,前者(侵害の成否)についての判断が示されたものです。中間判決後,越後製菓は59億4千万円に請求額を引き上げ,平成24年 3月22日,知財高裁は,約8億円の損害賠償および差止めを認める控訴審判決を下しています。
[2] 特許権は,発明という無体物を対象としているため,その権利の及ぶ範囲が明確でなく,しばしばその範囲が争われます。
[3] さらに,後述のように,一定の場合には文言を拡張した解釈がなされることがあります。
[4] これは,切餅のどの部分に切り込みを入れるかという問題であり,原告の発明内容は,餅の中身の噴出を防ぐために,製造時に側周に一周するような切り込みを入れるというものでした。これに対し,被告の発明内容は,切餅の側面に加え,上下面に十字形の切り込みを入れるというものであり,このような製品が,上記請求項の特許発明の技術的範囲に属するか否かの解釈において,判断が分かれたのです。
[5] 均等侵害成立の要件として,後述の最高裁判決では,「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく,
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,
(3)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,
(4)対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」と判示しました。
[6] 最三判平成10年2月24日・民集第52巻1号113頁(ボールスプライン軸受事件)。
[7] 均等侵害を肯定した裁判例としては,東京高判平成12年10月26日・例時1738号97頁(生海苔の異物除去機特許侵害事件),大阪高判平成13年4月19日・判工〔2期〕2311の500頁(ペン型注射器事件)等があります。
[8] ボールスプライン最判解説は,第二要件が概括的判断によるものであり,均等が成立する範囲が広範となることに鑑み,まずは第二要件を検討し,次に,いわば『絞り』として第一要件を検討すべきとしました。近年の裁判例では,第二要件を充足しないと判断した上で,更に第一要件をも充足しないとして,均等侵害不成立を明確にしたものがあります(知財高判平成22年 3月30日・携帯型コミュニケータ事件)。