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改正公益通報者保護法に基づき事業者が行うべき具体的措置

弁護士 田中 敦 

1 はじめに

令和2年6月に成立した公益通報者保護法の改正法(以下、同改正法を「改正公益通報者保護法」といいます。)が令和4年6月1日から施行されるに先立ち、令和3年8月20日、消費者庁は、内部通報への対応のために事業者がとるべき措置に関する指針(以下「本指針」といいます。)[1]を公表しました。本稿では、本指針のポイントをご紹介しつつ、実務上注意すべき点について検討致します。

なお、改正公益通報者保護法の全体像については、Namrun Quarterly Vol.38掲載の倉本武任弁護士による記事(「公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク」)をご参照ください[2]

 

2 改正公益通報者保護法による内部通報への体制整備の義務付け 

改正公益通報者保護法は、事業者が、通報者の保護を図りつつ内部通報へ適切に対応するために必要な体制を整備するとともに、これに関する業務に従事する者を定めることを義務付けています(改正公益通報者保護法 11 条 1 項、同条 2 項)※3。本指針は、これら規定に基づく措置の内容を具体化するために策定されたものです。

 

3 本指針のポイント及び注意点

(1) 業務を担当する従業者の定め

本指針第 3 では、事業者に対し、内部通報への対応業務を行い、かつ、当該業務に関して「公益通報者を特定させる事項」を伝えられる者を、業務を担当する従事者として明確化することを義務付けています。従事者として指定された者が、正当な理由なく、公益通報者を特定させる情報を漏らした場合には、刑事罰(30 万円以下の罰金)の対象となるという厳しい規制が設けられたため(改正公益通報者保護法 21 条)、どの範囲の者を従事者として指定すべきかについては重要な検討事項となります。

この点、消費者庁に設置された検討会の報告書[4](以下「検討会報告書」といいます。)で述べられた意見によれば、内部通報への対応業務を主たる職務とする部門の担当者に加え、それ以外の部門の担当者についても、通報内容に応じて業務に関与する必要があれば、その都度従事者として定める必要があるとされます(検討会報告書 20 頁)。そのため、個別の通報への対応にあたっては、まずは通報内容に応じて必要な調査事項を検討し、従事者とする者の範囲を定めることとなります。

従事者が秘匿すべき「公益通報者を特定させる事項」とは、個人情報保護法上の「個人情報」の定義と同様に、他の事項と照合して特定が可能であれば、性別等の一般的属性であっても対象となり得るとされます(検討会報告書 20 頁)。例えば通報者と同じ部署の同僚については、通報者の性別や役職といった情報を知るだけで、通報者が誰であるかを推知できる可能性があり、単に氏名や社員番号といった固有情報のみを秘匿するだけでは足りない場合も想定されます。調査にあたり、調査対象者へどの程度の情報を提供するかについては、十分な注意が必要となります。

従業者として定めるべき者の範囲や「公益通報者を特定させる事項」の内容等については、消費者庁によれば、本指針の解説を策定する上でさらに検討するとされており、今後公表される予定の本指針の解説の内容が注目されます。

(2) 内部通報の受付窓口及びこれに対応する体制の整備

本指針第 4.1 では、事業者に対し、部門横断的に内部通報への対応を行う体制として、受付窓口を設置し、調査や是正措置を行う部署及び責任者を定めることを義務付けています。また、受付窓口等として、外部の専門家(法律事務所等) や親会社を指定することが認められています(検討会報告書 7 頁)。

内部通報がなされた場合、正当な理由[5]がある場合を除き、通報対象事実の調査を行う必要があります。調査の結果、法令違反行為が明らかになった場合には、是正措置を講じることはもちろん、当該措置が適切に機能しているかを確認し、必要に応じて再度の是正を行うことが求められます。これらの全てのプロセスを通じて、通報者を特定させる情報の秘匿が図られなければならないことは、前述のとおりです。

(3) 独立性の確保、利益相反の排除

本指針第 4.1(2)及び同(4)では、経営陣からの独立性を確保しつつ、通報対象事実に関係した者による調査への不当な影響を排除するために、それぞれ必要な措置を講じることが求められています。もっとも、本指針では、具体的な措置の内容は明らかにされていません。

組織的な不正が疑われる場合や、関係者の範囲が不明確である場合には、純粋な事業者内部での対応によっては、独立性の確保や利益相反の排除が難しい場合があります。それらの場合には、早い段階から、弁護士等の専門家に対して調査等を委託するなどし、外部の第三者の関与の上で内部通報へ対応することが有益と考えられます。

(4) 不利益取扱いの防止、通報者に関する情報の保護

本指針は、事業者に対し、内部通報を理由として通報者が不利益な取扱いを受けることを防ぐための措置(本指針第4.2(1))、及び、通報者を特定できる情報の共有範囲を限定しつつ、通報者の探索を防ぐための措置(本指針第 4.2(2))をそれぞれ講じることを義務付けることで、通報者の保護を図っています。本指針では、通報者に対して不利益な取扱いをしたり、通報者を特定できる情報を漏らした者に対しては、それらの者が従事者として定められているか否かにかかわらず、事業者による懲戒処分を含む適切な対処が必要としており、違反行為への厳しい対応を求めています。

本指針に則った運用のために、事業者としては、従業員らに対し、改正公益通報者保護法や本指針の内容を周知することで、違反者に対しては厳しい処罰がなされる可能性があることを予め理解してもらう必要があります。また、懲戒処分については就業規則等の根拠が必要であるため、必要に応じて就業規則の内容を見直すことも重要となります。

4 おわりに

以上のとおり、本指針は、公益通報者の保護のために、事業者に対し相当に高い水準での体制の整備及び運用を求めています。また、今後、消費者庁により、さらに詳細な措置内容を示すための本指針の解説が策定・公表されることが予定 されており、事業者としては、来年 6 月の施行開始までの短期間に、未公表の解 説を踏まえて準備を行う必要があります。本指針が求める高い水準で経営陣からの独立性や通報者の匿名性を確保しつつ、通報にかかる事実関係を適格かつ迅速に調査して、適切な是正措置を講じるには、以前にも増して、外部の専門家と連携することが重要と考えられます。検討会報告書では、外部窓口との連携を前提とした通報者の匿名性確保の措置が提案されています(検討会報告書 9 頁)。本指針を踏まえて、事業者におかれては、改正公益通報者保護法の施行前に、今一度、内部通報に関する社内体制を見直すことが推奨されます。

 

[1] 正式名称「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」

[2] 同記事については、弁護士法人苗村法律事務所ウェブサイトの「リーガルエッセイ」からもご覧いただけます(https://www.namura-law.jp/legal-essays/)。

[3] 小規模事業者の負担軽減のため、常時使用する労働者の数が300名以下の事業者については、これら義務は努力義務とされます(改正公益通報者保護法11条3項)。

[4] 公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書」(令和3年4月)

[5] 正当な理由の例としては、解決済みの案件である場合、通報者と連絡が取れず事実確認が困難である場合等が挙げられます(検討会報告書9頁)。

憲法の人権規定の私人(特に企業)への直接適用

弁護士 苗村博子

1.今なぜ憲法か?

この事務所報で憲法を取り上げるのは初めてかと思います。ちょうど最高裁による在外邦人の国民審査について投票権がないという立法の不作為は、違憲であり、かつ国家賠償も認めたという判決 [i] が出たところで、また参院選でも憲法改正論が論点とされ、今年は憲法が何かと話題になる年ですね。憲法論というのは堅苦しいので、読む気がしないという方も、この記事はいささかエッセイのようなものなので、気楽にご覧いただければと思います。

実は、このトピックを選んだのは、この最高裁判例に接したからではありません。5 月は学会の大会が多く開かれる月で、最高裁判決の出たその週末は、土曜日に著作権法学会、土曜日、日曜日に民訴法学会が開かれました。そのいずれにおいても、「憲法適合的」という、言葉が取り上げられたことが、この記事を書こうと思った動機です。

 

2.著作権VS表現の自由

5 月 21 日土曜日の著作権法学会の個別報告では著作権が人権なのか、また表現の自由との衝突をどのように考えるかについて、欧州人権裁判所、欧州司法裁判所の判断を元にご報告がなされました [ii] 。このご発表の中心の一つが、表現の自由という憲法論を持ち出す意義でした。著作権と表現の自由の対決が問題となっているのですから、そこで問題となるのは、著作権者という私人と表現を行う私人の両者における対立です。30 年前の憲法の教科書には、私人間には憲法は直接適用されず、民法 1 条や 90 条を介在させたうえでの間接的効力しかないと説明されていました。

しかし、ご発表を伺って、現在では通説かどうかはともかく、憲法適合的解釈により法律を解する、従って、憲法論は、法律の解釈をする際に、その法律が適用される場面で、いわば直接検討されるというように「憲法適合的解釈」を理解しました。著作権は、日本では一種財産権のように思われていますが、著作者人格権という著作権周辺の権利なども含めると、むしろ表現の自由や幸福追求権といった精神的自由に近い権利、即ち基本的人権のうちでもいわば、より高度の保護が求められる精神的な自由権であるとも考えられそうです。著作権法を憲法適合的解釈によって解釈し、著作権法が、内在的に表現の自由その他の人権を侵害しないように考えられるべきものとして制度設計されていると考えるか、表現の自由は外在的制限根拠となると捉えるかはさまざまな見解があるようです。いずれにしても、これらの憲法に規定されている人権が、ストレートに私人間においても、それぞれの権利の限界はどこかという形で議論されているのだと知ったこと(今までが不勉強なのを自白しているようなものですが)は私のように 30 年間まっとうに憲法を勉強してこなかった者には衝撃でした。

3.民事訴訟と憲法

翌日の日曜日は民訴法学会のシンポジウムにウェブ参加しました。そこでは、裁判官の裁量は、羈束裁量で、憲法の諸原則に拘束されるということが論じられました。裁判官の権限行使は国家権力の発動の最たるものの一つですから、憲法に拘束されるのは当たり前といえば当たり前ですが、多くの法律実務家は、その諸原則はすべて、訴訟法に反映されていて、裁判官は訴訟法にさえ則っていればよいと考えているように思っているのではないでしょうか。しかし確かに、民事訴訟法にもいわば隙間があり、それを埋めるのはより上位にある憲法だということに今一度思いをいたせというのが、ご発表の趣旨の一部であったかと思いました。

民事訴訟は、三権分立という権力間の相互牽制の下、国民の主権を揺るぎなきものにする、そのために裁判官の独立を認めるという国の統治機構制度の一部を構成するとともに、国民の基本的人権の一つである裁判を受ける権利を制度的に保障するものでもあります。そこでは、裁判官は、時に三権分立や自らの権限行使の独立性に甘んじ、この権限行使が自らの自由裁量だと考えて、後者の国民の裁判を受ける権利を侵害しかねないということも考えられてのご発表だったようにも思いました。ドイツでは、裁判官の訴訟指揮権の行使が羈束裁量であって、決して、自由な裁量権が裁判官に許されているわけではないと考えられているとも指摘されていました。

4.今なぜ憲法か-再論―

刑事訴訟法などと違い、著作権法学会や民訴法学会といったあまり憲法と親和性がないと思われる二つの学会で憲法論が発表課題として取りあげられたのか ? 私のような一実務家にはわかりませんが、一つは、複雑化する社会、権利構造、GAFA   のようなその存在の外延がはっきりしない、巨大な企業というか、国を超えるような存在が社会に出現し、企業と個人の関係が、双方とも私人であるとのくくり方ができなくなっていること、企業を人権の保護主体としてみる必要があるほど、企業活動が国家行為を凌駕するような状況が生まれていること、国家行為というより、経済活動を直接行う企業にこそ、人権侵害を止める能力があるのではないかと思う事例が増えていることなどがあげられるのかと思います。何度か触れた、英国の現代奴隷法や、我が国の「ビジネスと事件に関する調査研究」にもあるように、企業は、21 世紀にあっては、違法でなければ、利益だけ追求してよいとは、もはや考えられず、他国での事象も含め、直接人権問題を是正するのに役立ちつつ、利益を追求すべきとの考えが強まっていることが影響しているのかと思います[iii]

また、裁判官の訴訟指揮といった裁量権行使について憲法論が議論されたのは、それだけ、司法への信頼を高める必要性が増している、そんな社会状況があるのかとも思います。2 割司法と言われて久しいですが、この割合はもしかするとさらに減っているのかも知れず、日本では訴訟は紛争解決手段となっていない、そこには裁判官の裁量に対する不信感も生まれているのではないかとのアカデミズムからの危機感があるようにも思いました。

そして私たち弁護士は、憲法論を主張するときは負けを覚悟しているとき、などと言わず、法律の基礎は憲法にあり、訴訟においても憲法論が必要な際には、ためらわず、これを主張して、裁判官に憲法を土台にした法律解釈をしてもらうこと、それによって、裁判官の守るべき裁判を受ける権利の保障をより明確なものにしてもらう必要があるのだと、2 つの学会に参加して思った次第です。

近頃沈黙して久しく、最高裁の行政見解への追従した判決が目立った今般、立法の不作為について、違憲を宣言した上述の判決は画期的なものといえるかと思います。

 

[i] 令和4年4月20日最高裁判決

[ii] 京都教育大学教育学部講師比良友佳理科先生ご発表「著作権と表現の自由-調整アプローチに関する国際比較と日本法への示唆-」

[iii] 話が若干それますが,ウクライナ侵略を止める実効性を持っているのは現在では残念ながら,国際法でも外交術でもなく,経済制裁といういわば兵糧攻めです。それは,ロシアと交易のある各国際的な企業に同国の企業との取引を,ウクライナの人々の命や健康の保護のため,止めるという決断をせまる事になっています。

外国公務員への贈賄等への取締り

弁護士 苗村博子

2023 年 1 月に米国のバイデン大統領が「汚職は国家の安全にかかわる問題だ」として取り締まりを強化するとの声明を発表したことを受けて、日米英を中心にこの問題を取り上げさせていただきます。

1.外国公務員への贈賄を取り締まるわけ

まず、なぜ外国公務員への賄賂を送った側で取り締まらないといけないのでしょうか ? 賄賂が横行して最も困るのは、その公務員が働いている国の国民です。公務員の行動のゆがみは当然国民生活に跳ね返ってくるからです。したがって日本を含め多くの国々では公務員や、今回のオリンピック委員会の委員のようなみなし公務員の収賄、特に受託収賄を罪としています。

もう一つゆがむのが、同業者が贈賄して事業を獲得、継続することによるその産業の公正な競争です。これに対応するために一番最初にできた法律が、1977 年の Foreign Corrupt Practices Act( 米国の連邦法で FCPA と略されます)。日本でも総理大臣がピーナッツを 5 個もらったかどうかが大問題となりました。ロッキード社はダグラス、グラマンに対抗するため、日本だけでなく外国の要人にお金をばらまいたといわれています。当然ピーナッツなど隠語を使って裏金で資金調達しないといけませんから、ロッキードのような上場企業の会計帳簿があてにならないという事態も深刻に受け止められました。そこで、この FCPA については、刑事罰は司法省(DOJ)が、民事罰は(SEC)が管轄しています。当時花形だった航空機産業では米国が断然リードしていましたから、国内で公正な競争がなされればそれでよかったのですが、この法律の成立以降、まずはドイツ、そして日本と各国の様々な産業の競争力が増し、FCPA に縛られて、ピーナッツを差し出せない米国企業はストレスを募らせます。今でも前米大統領トランプ氏は、この法律を米国企業の国際競争力をそぐ悪法だと言っているとのことです。そこで米国は OECD を通じ、各国に同様の規定を作るようプレッシャーをかけます。

産業界からの反対も強く、なかなか法制化できず、日本は遅れているとしてOECD   から目をつけられていましたが、2005 年他の改正時にするっと作られたのが外国公務員への贈賄罪です(不正競争防止法 18 条が罪の内容を 20 条、21 条が罰則を定めています)。日本は執行の面でも積極的でなく、数年に一度申し訳程度にしか法執行しないと非難されてきました。先ごろのタイの火力発電所建設に関する桟橋利用についての贈賄については、日本版司法取引が当初の想定とは反対に、会社が、個人を差し出し、個人だけが罰金刑に科せられ、最高裁で確定するといういびつな事態になり、波紋を呼んでいます。

さらに遅れたのが英国で 2010 年同国はようやく重い腰をあげ Bribery Act2010 という法律を制定しました。実績としてはロールスロイス社に対する巨額の罰金があります。そのほか、韓国、中華人民共和国にも同様の法律があります。では、これらの法律でのキーワードを見ていきましょう。

2.域外適用はあるか?

反トラスト法や独禁法と違い基本的に域外適用はありません。しかしながら、DOJ は米ドルが関係する場合にはなんらかの形で米国の銀行が関与することになるとして、適用を認める可能性があります。WEB のリーガルエッセイに日本で摘発された事件を紹介した表を貼っておりますが、平成 21 年のベトナムでの案件は米ドルで支払われているので競争相手に米国企業がいたりすると密告の対象となったかもしれません。上述のタイの案件は同国の通貨バーツで支払われていて、FCPA は対象外となりそうです。この域外適用や、英国子会社が関与していたとして、丸紅は 2014 年に 8800 万ドルで和解し、パナソニックは 2018 年に 2 億 8000 万ドルの罰金を科せれられています。

(表)不競法18条1項に関する裁判例

3.ファシリテイションペイメントとホスピタリティ

このファシリテイションペイメントというのは、少額の賄賂を要求されて、この作業なしには日常の業務が滞ってしまうという場合に 1 ドルとか 2 ドルといった額を税関職員に渡したりするものです。それらの国々では、公務員の給料が安く、安定した生活が営めず、賄賂を要求してしまうという実情があるのです。先日もフィリピンの入管施設で強盗に関する指示を日本に対して出せるだけの機器が持ち込まれていたことが報じられましたが、かようなことが起こるほど、給料が安く、公務員としての職業倫理を保てないことが大きな要因となっています。米国はある意味合理的で一定レベルでこれをグリースと呼んで認めています(差し油という意味です)。ただ、英国はこれを認めず、また日本もガイドラインの原則として、これを許さないという書きぶりを改定の際に強めています。皆で一致して苦情申し入れをするなどの方法も提案されていますが、これだけで一朝一夕に直せるものでもない、根深い問題です。場合によっては、緊急避難といったことも考えなければなりません。それに比べてホスピタリティは、いわば儀礼的なもので、日本であれば、お中元、お歳暮、キリスト教が強い国ではクリスマスギフトや、感謝祭のギフトなどで、少額のもの、だいたい 5,000 円程度くらいまでのものなら、許されるとするものです。英国でもこれは同様ですが、仮に少額や時期的にはまさにそのようなシーズンに当たるとしても、入札の直前など、何らかの不正の利益を得ようとしていると懸念されないよう気を付ける必要があります。

4.商業賄賂

日本にはない概念ですが、例えば、ある会社のコンペに参加しているようなときに過剰接待をして、その案件を獲得するような場合です。これは商業賄賂として、英国でかような行為が国内でなされれば上述の Bribery Act 違反になりかねませんし、中国では不正競争行為とされています。ドイツでも国内では商業賄賂の罪があるとされています。

5.第三者の行為

自ら現金を渡したり、何らかの便宜をはかるのではなく、第三者からコンサル料名目で支払われることがあります。もちろんその事実を知っていれば、教唆犯、幇助犯、上述のタイの案件からすれば、日本では共謀共同正犯が成り立つ可能性があります。

6.英国のBribery Act  の恐ろしさ

賄賂の罪には、不正の目的といった故意が要求される国がほとんどですが、英国は企業に対しては一種の過失反を認めています。7 条の懈怠罪です。実行行為者が現実に賄賂を贈ったかどうかを問わず、送ろうとするのを阻止できなかったことが懈怠罪として、罰されるのです。

7.どう対応するか

英国の内務省発行のガイダンスは、具体例を示してくれていて、①贈賄行為を許さないというトップの自覚と公表、② リスクアセスメント、③アセスメントの結果必要ならデューディリジェンス、④ 監視、評価、⑤内部通報制度の構築、有効な実施を推奨しています。例えば、公務員の給与の安い国での通関業務や、大きなプロジェクトへの参加、JV の相手先に外国公務員に近しい人がいないかどうかなどリスクを見つけ出して、危ない箇所はデューディリジェンスを行うのです。問題がなかったとしても、継続的な監視を怠らないようにとガイダンスは警告しています。逆にこれらの対応をきちんと行っていたのに残念ながら個人が贈賄行為をしたとしても 6 で述べた懈怠はなかったと防御することができます。

8.有事の対応

もし米国ドルで支払われていたら、直ちに米国資格を持つ弁護士に相談することをお勧めします。米国弁護士との会話は弁護士依頼者間秘匿特権の対象となるため、そこでの会話は捜査機関の強制捜査でも提出を免れ得るからです。そのうえで、米国の DOJ は自主申告を呼び掛け、それを実行した者には、減刑するまたは訴訟を遅延させるというのです。オバマ政権の最後に出されたパイロットプログラムはこれを推奨するものであったため、皮肉にもトランプ政権下で 83 件もの摘発がなされています。トランプ政権自体はこの推進に消極的であったためか、バイデン政権下ではまた数件の摘発しかなされていません。ですが冒頭の呼びかけに応じる形で今後数が増えていくのではないでしょうか ? 大事なのは、何かあるとわかったら徹底的に調べて、すべての事実を、米国だけでなくすべての管轄を持つ国、地域で一斉に申告することです。そのためには、弁護士間の連携も重要となってきますので、そのような各国との連携が可能な弁護士を早くに見つけておくことも重要となってくるでしょう。